エル・フェアリア2

□第94話
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第94話

何やらワチャワチャと楽しげな気配を背中に感じながら、少しだけ表情を緩ませていたニコラは戻ってきたミシェルに片手を上げた。

「そっちは行けそうか?」

「父上なら上手くジュエルの助けになってくれるはずだ」

幼くして大会のサポートという名誉職に就いたジュエルは、兄にどれほど愛されているか知らないだろう。

「私情で席を外して悪かった」

「真面目だな。お前がどれほどジュエル嬢を守ってきたか、間近で見てきたんだ。この程度で謝るな」

気楽な笑みを浮かべると同時に、背後の楽しげな気配がさらに沸いた。

背後にあるのは豪奢な扉。その向こうは本来、ニコラ達が守っているミモザ姫の個人応接室となるが、今は治癒魔術師護衛部隊に貸し出されており。

「あいつらまた…仕事中だろう……」

職務に就いているとは思えないほどの楽しそうな気配に、ミシェルの眉間に皺が少し浮かんだ。

「真面目すぎだぞ。俺達だって、ミモザ様や隊長達がいない時は羽目を外すだろう?」

「時と場合による」

扉の向こう側の肩を持てば、ミシェルはフン、と不貞腐れてしまった。

「時と場合ねぇ…妹の為に持ち場を離れた奴の言葉とは思えないな」

ニヤリと笑えば、返答は無く。

「今日から大会の本試合開始だが、ルードヴィッヒ殿はお前の目から見てどうなんだ?良いところまで行けそうか?」

ニコラはあまりルードヴィッヒと関わってこなかったので話を変えるついでに訊ねるが、ミシェルの眉間の皺がさらに深くなってしまった。

これにも答えるつもりが無いのか黙り込むので、あの噂が原因なのか、と考えを巡らせて。

「…そんなに不機嫌になるってことは、本当なのか?ジュエル嬢とルードヴィッヒ殿が恋−−」

「それ以上続けるなら藍都への侮辱と受け取るぞ」

「首を締めるな!」

ガッと首元を掴んでくるものだから、仕方なくそれ以上話すことはやめておいた。

デルグ王の死で城内が慌ただしくなる前までは、二つの噂があらゆるところから耳に入り込んできていたのだ。

一つは、淫らなアリアの噂。

こちらはアリアをよく知らない者、良く思わない者の仕業であることは聞いた瞬間にわかった。

特に侍女達が騎士の近くで声高々に噂するものだから、尚更だ。

もう一つは、城全体がほんわかとしそうな噂だ。ただ一人を除いてだが。

我が儘だった藍都のお姫様を生まれ変わらせた、紫都の公子との恋の噂。

我が儘放題に振る舞い続けていたジュエル嬢が仕事熱心で思いやりある健気な淑女へと変貌したのは、ルードヴィッヒと恋を始めたからである、と。

勿論そんなはずがないことはニコラも気付いているが、ルードヴィッヒが大会出場者に決まり、ジュエルがそのサポートについて訓練を見守る姿を、周りは温かな眼差しでさらに見守っていたのだ。

ジュエルのサポートは甲斐甲斐しく、周りの目の誤解をさらに助長させてしまった。

ミシェルだけは面白くなさそうだったが。

「ジュエル嬢が我が儘放題じゃなくなったのも、お前がちゃんと話したからなのにな」

「煩い。口を閉じていろ」

幼い少女の変化は、二人の兄の影響だ。

慰霊祭後の晩餐会で、黄都の前領主バルナ・ヴェルドゥーラの悪行を服毒までして止めようとしたワスドラートと、その後昏睡した兄のそばで回復を見守るジュエルに言葉をかけたミシェルの。

ミシェルがどれほどジュエルを大切にしていたかは知っている。

侍女として王城に勤め始めたジュエルに叱咤激励をよく飛ばしていたのを見ていた。

その後ミシェルの手の届かないところで素行の良くない侍女達の口車に乗せられて、ジュエルが我が儘放題となってしまった間の葛藤も。

強い口調でジュエルの本来の姿を取り戻したのもミシェルだ。

他の者なら面倒で放っておくようなことでも、ミシェルはジュエルと向き合ってきた。

「お前の役目もそろそろ終わりなんじゃないか?」

向き合ってきたからこそ、ジュエルの成長は目覚ましかったのだから。

これ以上はただの過保護だぞ、と諭してみるのは、ミシェルがジュエルを見過ぎているとニコラでもわかるからだ。

「…二度は言わない」

仲間へ送る、せめてもの忠告。だがミシェルは受け取ろうとはせず、声を掠れさせながら吐き捨てるだけだった。

やれやれとため息を吐いて、大会にいるジュエルとルードヴィッヒを案じる。

二人がどういう関係かなどわからない。だがもし噂通り恋に発展するなら。

ミシェルは絶対に許さないだろうな、と。

ニコラの少ない言葉だけでここまで怒り心頭のまま不貞腐れてしまったのだから、ジュエルの将来の相手が誰であれ哀れむことしか出来なかった。

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