エル・フェアリア2
□第90話
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「エルザ様が何だというんだ!話せ!!」
「話せん理由があると伝えただろう…知りたければ、知る術はあるがな」
クルーガーの腕を軽々と弾いて、ヨーシュカはアクセルに改めて目を向ける。
「小僧…知りたいというなら、お主なら魔術兵団に入れてやっても良いぞ」
言われた意味を理解できず、不愉快さに眉を顰めた。
「ヨーシュカ!!魔術師団員には指一本触れさせんぞ!!」
「貴様が阻もうとも、小僧がこちらに来たいと願えばワシは歓迎しよう。どのみち魔術兵団入りを果たせば、貴様達も小僧の存在など忘れるだろう。ワシやナイナーダを忘れていたようにな」
ヨーシュカの意味深な発言に、今度はリナトとクルーガーが言葉を飲み込む番だった。
「運良く思い出したとして、それで何か出来たか?何も変わらん。彼の流れも、何も変わらっとらん」
ポツリと、まるで虚しさがこぼれる様だった。
「万が一話せていたとしても、結局貴様らは闇を否定するだけだ」
過去に何があったのか。
リナトとクルーガーが旧知の仲であることは知っている。ヨーシュカも年齢なら二人と同じ頃のはずだ。
なら、この三人は親しい間柄だったのだろうか。
もしそうなのだとしたら、今の関係の溝の深さはひどく悲しいものに思えた。
「小僧、一つだけ教えてやる。ワシら魔術兵団には、誓約が心臓に施されている」
意味深な言葉を残して、ヨーシュカは静かに去ってしまった。
結局黒い糸の正体はわからないまま。
「あやつ…勝手なことばかり」
リナトは去ったヨーシュカに悪態をつき、クルーガーは疲れたようなため息をひとつ。
「誓約…心臓に?」
アクセルには、ヨーシュカの最後の言葉が強く引っかかった。
誓約というには、何かを誓ったのだろう。
何を、何に、それは全くわからないが。
だが心臓にその誓約が施されているというなら、もしかしたらアクセルの目に映ったあの黒い糸がそうだというのだろうか。
なら、なぜエルザには黒く塗りつぶすほどに絡みついていたのか。
魔術兵団入りすれば、ヨーシュカが話せないと告げたその真実が知れる。
それは、アクセルもヨーシュカのように、エルザのように、あの恐ろしい糸に絡みつかれるということなのか。
黒い、暗い、闇色の恐ろしい波長。
想像しただけで、全身を氷に漬けられたような恐怖に苛まれた。
「…アクセル殿、エルザ様にその黒い糸が覆っていたと言っていたな。その糸の正体は何だかわかるか?」
姫を守る最たる存在であるクルーガーが、アクセルに答えを求めてくる。
わからないままであることはクルーガーも理解しているはずだが、仮説でもいいからと、その目が告げてくる。
そしてアクセルにも、あれが何であるのかの仮説は立てることが出来て。
誓約だとヨーシュカは言った。
だがあれは。
「……呪い…です」
人の憎しみが生み出す、ざらりと動き回る怨恨などではない。
糸として、形として、人にまとわりつく呪い。
それが、姫に絡みつき、覆いかぶさる。
ニコルのせいで心が病み、つけ込むように呪いに苛まれたのか。それともあれに絡まれたから、心が病んでしまったのか。
「……もう一度、幽棲の間に降りてもいいですか?」
恐怖心は身体の芯まで苛んでくるが、このまま見過ごすことも出来なかった。
「…原子眼についてもう少し調べてからにしよう」
リナトの返答に、クルーガーも強く頷く。
「これからは原子眼で見えたものは出来るだけ紙に書き記して残しなさい。どんな些細なものでもだ」
「え、ですが…どれが私にしか見えてないかなんて」
今まで見えてきたものは全て、アクセルの日常だったのだ。何が他者にも見えて、何が見えていないかなどわからない。
それでも、リナトは書き残すよう念を押す。
「とにかく残すんだ。周りに聞いてもいい、片っ端から残してもいい」
原子眼を詳しく調べる為にも、と。
自分の能力には前例が存在しないのだと、アクセルは改めて困惑することしか出来なかった。
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