エル・フェアリア2

□第89話
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それからしばらく他愛無い話をしながら到着したミモザの応接室の扉前には、ミモザ姫付き達を束ねる隊長のジョーカーが護衛として立っていた。

恐らく他の騎士達がニコル達に会いにこないようにする為の人選なのだろう。

挨拶もそこそこに応接室への扉を開けてくれるジョーカーは、改めてニコルを前にしても表情を変えずにいてくれた。

その普段と変わらない様子に安心して、

「おはようございまーー」

ミモザ達に挨拶をしようとするが、目の前に広がる応接室内の光景にアリアと共に絶句してしまった。

部屋の中心のソファーで休憩を兼ねるように優雅にお茶を飲むミモザの周りで、レイトル、セクトル、トリッシュ、ジャスミン、ミシェルが疲れ切るように項垂れている。さらにその周りを取り囲んでいるのは、大量の書物の山だ。机の上どころではない。床に布を敷き、そこからうず高く積まれている。

「おや、早かったですね。お早うございます。アクセルの容体はどうですか?」

唯一モーティシアだけはキビキビと動きながら書物の山を行ったり来たりしているが、シンプルで美しかった応接室が雑多となってしまったというのに申し訳なさそうな様子は欠片も見えない。

「…何だこれ」

思わず呟いてしまった言葉に、休んでいたセクトル達の目がいっせいに向けられる。

「これ、全部、一晩でだぞ」

ミモザの前だと言うのに言葉遣いもそのままに、セクトルは厳しい訓練を受けた時以上にやつれながら口を開いた。

「……え、あたしこれ全部に目を通さなきゃいけないってことですか?」

凄まじい量にアリアは唖然とするが、

「安心しなさい。あなたは必要な箇所だけを目に留めて改めて指南書を作ればいいのです。大まかな内容はジャスミン嬢の頭の中に記録されていますから、文献の選定は彼女がしてくれますよ」

さらりと告げてくる今後の動きに、ジャスミンとトリッシュがその人使いの荒さを非難するように愕然とした目をモーティシアに向けていた。

「本当に優秀なのですね。私の専属の執事として欲しいくらいです」

「光栄です。アリアの護衛任務を終えた暁には是非」

唯一涼しげに休んでいたミモザだけが、モーティシアの働きっぷりを惚れ惚れするように褒めて。

さらに笑顔で返すモーティシアに、ミシェルとニコラの目つきが鋭く変わる。

王族付きである騎士達は必然的に執事に似た仕事も請け負っていたのだ。ミモザ姫付きである二人には聞き捨てならないスカウトだっただろう。

「あの、じゃあえっと、ジャスミンさんもしばらくあたし達と一緒にいるってことですか?」

侍女としての職務がジャスミンにはあるはずだが、その辺りはどうなっているのか。

「そうなります。侍女長には先ほど話してきましたので、ジャスミン嬢はしばらくアリアの手助けをお願いしますよ。レイトル、あなたもね」

「え、私も!?」

「勿論です。あなたを治癒魔術師育成枠の一人目にしたいという話もクルーガー団長に話して了承を得たので、あなたは今後しばらくは護衛を兼ねながら、アリアが効率よく治癒魔術を教える為の被検体となって下さい」

ついでとばかりに名前を出されたレイトルも、まさか本当に自分が治癒魔術を会得させられるとは、と改めて驚いて。

「本当に何から何まで、素晴らしい効率の良さですわ。魔力の操作力が高いレイトルを選んだことも、他の者達では考えもしなかったことでしょう」

「アリアの治癒魔術を見る限り、重要なのは魔力の質量ではなく操作力だと判断しましたので」

惚れ惚れとモーティシアを褒めるミモザに、そろそろミシェルとニコラの嫉妬の眼力が殺意に変わりそうになっている。

「…本当にお前が第一号になるんだな」

そしてセクトルは、レイトルが選ばれたことに少し嫉妬するような声を出して。

アリアとレイトルの関係があるからモーティシアがレイトルを選んだのではないと、わかっているからこその声色だった。

レイトルの魔力の操作力は、上質な魔力を持つセクトルや、ニコルも持たない努力の結晶だ。

それを理解しているからこその、尊敬と嫉妬。

「…努力、して良かったよ」

レイトルの呟きも、自分という存在を認められたことに対する喜びが含まれていた。

今まで散々、魔力量の少なさで蔑まれて来たのだ。

生まれ持った不利を凌駕するほどの努力。

地味で人目に付かなかった、それでも血の滲むほどの努力は、確かな結果としてレイトルの誇りとなった。

まさかこんな形で生かされるとは思わなかっただろうが。

 
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