エル・フェアリア2
□第88話
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「…考えすぎだろう。ジュエル嬢くらいの年齢なら彼のような生い立ちの者を憐れんでしまうだろうが、だからって小さな女の子に何ができる?」
ルードヴィッヒがマガと呼んだ名前を「彼」と隠して。ダニエルの口調はジュエルだけでなくルードヴィッヒのことも子供扱いするようで少し腹が立つ。
それが顔に出てしまったらしく、すまないすまない、と笑いながら肩を叩かれた。
「ジュエル嬢はここにあくまでもサポートとして来ているだけなんだ。エル・フェアリアにいたなら何かしら出来るかもしれないが、何の準備もなく手助けなんてできないだろう?お前なら、彼を助けてやりたいと思うなら今の状況で何をする?」
マガを助けるつもりなんて永遠に無いが、それでも考えてみる。
コウェルズの説得くらいしかできそうにないが。
もしそれ以外で方法があるとするなら。
「……私なら…………………」
そして、ある方法に気付いてサァ、と血の気が引いた。
「…どうしたんだ?」
「いえ…たぶん考えすぎなだけなので……」
考えすぎているだけだと思いたいが、ルードヴィッヒでは無理でも、ジュエルなら可能かもしれない方法があった。
「気になるな。教えてくれないか?」
「いえ、あの……藍都の特産であるレースや刺繍は、世界各国に巨大な支部を構えるほどで、その支部は他国とはいえ全て藍都領主の管轄下ですので……」
治外法権と同等の場が、ラムタルにも存在する。そこでならマガをうまく隠し、エル・フェアリアまで連れて行くことも可能だろう。
ダニエルも、ルードヴィッヒの説明だけで察した様子だった。
「……まぁ…だが、ジュエル嬢もそこまでは頭は回らないだろう。それにもし大会期間中に藍都領主に連絡を取ったとしても、結局は藍都領主からコウェルズ様に連絡が入り、そこで止まるさ」
「ですよね…私の考えすぎでした」
「いや、考えるに越したことはないからな。よく冷静に考えついた」
感心されて、素直に嬉しくなる。
「ジュエル嬢も冷静になれば、彼の件はリスクばかりだと気付くだろう」
情勢の混乱しているバオル国のマガを連れて帰るなど、介入と捉えられても仕方ない。
エル・フェアリアとしては痛くも痒くもないが。
「それにうちのお坊ちゃまは不要な面倒ごとに相当苛立っているみたいだから、万が一が起きる可能性は無いに等しい」
お坊ちゃまとは、コウェルズのことなのどろう。
「そうなのですか?」
「ああ。顔を見ていればわかるさ。想定外のことが起きすぎて相当苛立っているよ」
「想定外……」
大会出場する闇色の若者やその仲間達と接触できたことは前進だが、たしかに足を引っ張るほどの想定外が多すぎた。
バオル国だけではないのだ。
特にコウェルズにとって、イリュエノッド国のルリア王女が訪れたことは非常に足を引っ張ったことだろう。
ただ大会観戦に訪れただけならまだしも、ルリア王女は確実にコウェルズを狙って訪れている。
「あの…もしイリュエノッド国側が改めて正式な面会を望んだ場合はどうなるのですか?」
無いとはいえない、可能性の高い未来。
サリア王女がエル・フェアリアに滞在していることは多くの国々が情報を掴んでいるはずなので、面会自体を怪しむ者もいないだろう。
そうなればコウェルズは面会を受けるのだろうか。それとも断るのだろうか。
ルードヴィッヒは僅かな不安に眉を顰めるが。
「向こう側から面会を求めてくることはもう無いから安心していろ」
ダニエルの返答はとても軽い口調だった。
「…なぜわかるのですか?」
「向こうにレバン様が居てくれたお陰だよ。どうやら昨夜、みっちりとルリア王女を叱ったらしい」
「え、第一王女をですか?」
「ある意味、王より偉い人だからな」
ルードヴィッヒにはわからないレバンという人物に、ダニエルは苦笑いを浮かべて。
「身体が弱かったから蝶よ花よと甘やかされて育ったお姫様だ。戦闘経験のある男に頭から罵声を落とされたなら、まあ相当怖かっただろうな」
どうやら謝罪の場の後でダニエルがレバンとホズと三人で話していたのは、その件だったらしい。
それでルリア王女があれほど落ち込んでいたのかと妙に納得してしまった。ルードヴィッヒもクルーガー団長に凄まじく怒られたなら、数日は立ち直れないだろう。