エル・フェアリア2
□第88話
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体力を回復し、筋力を取り戻す為にひたすらこの美しい部屋にいたリーンが、自ら部屋を飛び出ていく。
バインド王が用意した大量の花々を無惨に散らす風を起こしながら。
その後を慌てて追えば、扉を出た先で待機していたらしいアダムとイヴが見開いた目を向けてきた。
「リーン様!?」
「ガイア様!?」
二人同時に驚いた声を上げて、戸惑い慌てて。
「あなた達、どうしてここに!?」
ガイアが訪れた際に双子はいなかった。
だとすれば恐らく、ガイアが訪れたことに気付いたバインド王が二人に待機を命じたのだろう。
聞き耳を立てていた様子ではないが、生体魔具上とはいえ動きまわるリーンに驚いて固まっている。
「お前達も来い。ルクレスティードの様子がおかしい」
言い放って先陣を切るリーンの後を、全力で追いかけて。
「待って!!ルクレスティードに何が!?」
大切な子供に何があったというのか。
焦り慌てるガイアの心臓は突然の全力疾走と、ルクレスティードの身に何があったのかわからない不安から激しく脈打っていた。
「早いな」
ぐんぐんと先に進むリーンが聞き取れないほどの声量で何かをポツリと呟いてから、突然スピードを落として前方を強く睨みつけた。
「何があったかは奴に聞け」
「奴?」
リーンの隣に追いついてから、廊下の向こうからこちらへと走ってくる存在に目を凝らして。
「ガイア様!お待ちください!!」
数秒遅れて到着するアダムとイヴは、こちらに向かってくる男の存在にすぐ気付き、ガイアとリーンを守るように戦闘体勢に入った。
「……あれは…ソリッド?」
近付く男がソリッドだと気付いたと同時にアダムとイヴも警戒を緩めるが、戦闘体勢を崩しはしなかった。
そして不可思議な体勢。
何かを担ぎ上げているような。
それがルクレスティードだと気付き、ガイアは再び走った。
「ーーガイア!!」
ソリッドも叫び、ガイアとの距離を測ってからルクレスティードを下ろして。
「ひっっ…ルクレスティード!!」
潰された息子の顔面に、絶叫した。
顔面全てがどろりとした赤黒い血にまみれ、顔のパーツが把握できない。
「か……さま……」
弱々しい声が震えて、ルクレスティードが手を伸ばした。
その手を掴んで、頬に触れる。
触れた途端、ルクレスティードの浅い呼吸に嗚咽が混じった。
なぜルクレスティードがこんな目にあっているのだ。
治らない傷など、パージャとウインドが受けた呪い以外にわからない。
恐怖に全身を掴まれるより先に、ガイアは己の全ての力を搾り出すように治癒魔術をルクレスティードに叩きつけた。
辺りが真っ白に染まる。
両手でルクレスティードの顔に触れて、眼球が潰れていることに気付いて。
どれほど治癒魔術を強く放っても、ルクレスティードの眼球は戻らない。焦りが増していく中で。
「ーーそこか」
ガイアの背後で、ガイアには見えないまま、リーンがルクレスティードの上の空間を魔力で切り裂いた。
一瞬の闇と、何かがぶつりと千切れる音。
リーンが何かしてくれた。それを背中に感じた瞬間から、ルクレスティードの傷が治っていく手応えを感じて。
「う、わああああっ」
治る寸前の微細な傷の痛みに身をよじるルクレスティードを、ソリッドが強く止める。
そして、数秒。
確かな治癒の手応えを感じ、同時にルクレスティードの顔中にまとわりついていた鮮血が黒い霧へと代わり、ルクレスティードへと戻っていった。
呪いではなかった。
冷や汗を浮かべたままほっと胸を撫で下ろすが、すぐに警戒を戻す。
「…お母様……」
ソリッドの手を借りて身を起こすルクレスティードが恐る恐るガイアを見上げてくるから、まだ強張った顔に何とか笑みを浮かべると、すぐに腕の中へと抱きついてきた。
本当に恐ろしかったのだろう。震える身体を安心させるように優しく撫でてなだめて。
「いったい何があったの?」
少し離して訊ねれば、ルクレスティードは不安そうにソリッドへと目を向けた。
有り得ない状況の理由は。
「…俺が」
「僕が話すから!!…僕が……」
口を開こうとするソリッドを止めるルクレスティードが、癖毛の前髪に隠れた瞳で見上げてくる。
千里眼を持つ希少な瞳がなぜ潰れていたのか。
ルクレスティードの声は怒られることを恐れるように小さくなるが、それでも最初から全て話してくれた。
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