エル・フェアリア2

□第88話
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時間の感覚がおかしくなるほど間を置かない濃密な出来事の数々。

リーンはそれらを質問もせずただじっと聞いてくれて。

「……ミュズは今、呼吸すら浅く危険な状況で…」

ロードとの関係が改善したガイア。それと真逆の運命を辿るかのように、ミュズは生きているのが不思議なほどだ。

「……ミュズか。以前は何度か世話をしに来てくれていたな。最近は見ないと思っていたが…やはり私の見えた未来とは多少異なっているな」

リーンも体力を回復する上でミュズと関わりを持っていた様子で、見えた未来と異なるのはガイアだけではないと教えてくれて。

「あなたの見た未来のミュズは、いったい…」

気になったのは、今のミュズを何とかしたかったから。ミュズがあんな状況に陥ってしまった理由は、ロードの命令だから。

「私に見えていたものは、気の狂ったミュズだ。まるで幼子のように無邪気に狂ってしまった。パージャはそうなってしまった理由に怒り、お前と父上の仲を壊す為にお前に子供の名を告げた。そして、お前と父上の間に完全な亀裂が生じた」

それが見えていた未来だと。

結局ミュズが狂うことに変わりはない。だが今の状況の方が危険なのだろう。

「いったい何があって未来が変わったのか…」

「……カトレア王妃」

未来が変わった理由。

もし本当にガイアとロードの未来が良い方向へと変わったのだとするなら、それは彼女の存在以外には有り得ない。

ルクレスティードが連れてきた、エル・フェアリアの女の子。

ジュエル。

その魂はかつて、ロードを深く愛し、ロードに深く愛された女性だった。

ロードはジュエルからカトレアの魂に触れ、そして未来は。

「…………カトレア」

リーンはぽつりとその名を呟き、一雫だけ涙をこぼした。

頬をつたう涙に少し驚いた表情となり、リーンの魂がカトレアを覚えているのだと告げる。

カトレアは、彼女の存在は、ガイア達の魂に刻み込まれた深い悲しみの記憶なのだろう。

でも彼女の魂があったから、ガイアとロードは良い方向へ向かおうとしている。

「…ミュズの魂は恐らくもうあの身体には無い」

涙の雫が完全に頬を落ちた後で、リーンは諦めじみた声色でミュズの今を教えてくれた。

「……どういうことですか?」

「身体の機能がわずかに残るだけの、死体だと思えばいい」

「−−−−っ」

死体。

その言葉に凍り付く。

ミュズが死んでいるなど。

「そんな…でもまだ生きて…」

「魂はない」

淡々と告げられて、両手が恐怖で震えた。

大切な仲間が死んでいるなど、受け入れられるはずもなくて。

でもミュズに治癒を施しているガイア自身が、ミュズの現状を一番理解しているから。

本能的に察していたミュズの死を、認めようとしてしまう。

「……ミュズの魂が戻れば、また以前のミュズに戻りますか?」

切実に訊ねる。

ミュズの身体に魂がないというなら、魂が戻ってくれれば。だが。

「蒸発した水が、同じ場所に同じ状態で完全に戻ると思えるか?」

問われて、唇を噛んだ。

想像もつかない。

未知の領域に足を踏み込むなど、怖くて。

「とにかく、父上が戻るまで何とか生命維持を続けろ。私も色々と解決法を探っておく」

「……ありがとうございます」

俯きながら、建前程度の感謝の言葉を告げて。

「…ルクレスティード?」

ふと、リーンが天井に目を向けながらその名を呟いた。

大切な息子の名を、どうして呼んだのか。

「あの…ルクレスティードに何か?」

天井を見上げたままのリーンはガイアの言葉に返答もくれず、集中するように眉を顰めていく。

不安になるほどの沈黙の時間は、数秒程度。

天井とリーンを交互に見ることしかできないガイアは、息子の名前を呟かれたことに不安しか感じることができないまま。

「……様子がおかしい。行くぞ」

「え…」

何が起きているのかなどわからないガイアの目の前で、リーンは己の魔力を放出した。

闇色の緑が噴き出すようにリーンを包み込み、魔力はリーンを背中に乗せて浮かび上がり、淡い緑色の美しい鴉へと変化する。

「生体魔具…いつから」

淡く美しい鴉の生体魔具は小柄なリーンを乗せる程度の大きさしかないが、あまりの美しさに言葉を無くす。

ガイアが痛感したのは、リーンがエル・フェアリア王家の血を完全に受け継いでいるという事実だった。

エル・フェアリア王家の子供達は、それぞれが虹色の魔力を操った。リーンの美しい緑は、リーンが高貴な存在であると知らしめてくる。

「行くぞ」

「え…待って!」

 
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