エル・フェアリア2
□第88話
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ダニエルでは出来なかったことを、彼らはしてみせたのだ。
リーン姫を救い出した。
確実に回復もさせている。
それは言いようもないもどかしさだった。
目の前の敵が敵でなくなる感覚を、爪の食い込んだ手のひらの痛みで何とか打ち消す。
「こんなくだらない質問でチャンスを逃すなんて、おっさんヤバすぎだろ」
ゲラゲラと大声でわざとらしく笑うウインドにルードヴィッヒが再び噛みつこうとするが、ソリッドが強く睨み据える方が早かった。
「お前もそろそろいい加減にしろ。子供より子供みたいな態度を子供の前で取るな」
「なんだと!?」
辛辣な言葉にキレるように、ウインドはソリッドに掴みかかろうとする。その寸前で止めに入ったのはルクレスティードで、ウインドの腕にすがりながら、ブンブンと頭を横に振っていた。
キレやすいウインドもルクレスティードには弱いのか、何度目かの舌打ちと共に怒りを鎮めて。
だがウインドの言葉はダニエルには残ったままだった。
もっと他に質問するべき事はあったのだろう。
そう痛感するから。
それでもダニエルは、リーン姫の現状がどうしても知りたかった。
五年分の苦しみは、それほど大きかったのだ。
ダニエルだけではないはずだ。
ジャックと、そしてガウェにとっても。
何より重要なのは、リーン姫が今現在穏やかでいるのかどうかだ。
もし穏やかだというなら。
もしファントム達に保護されている方が幸福だというなら。
「…じゃあ、俺たちの知りたい事を教えてもらうぞ」
思考が途切れたのは、ソリッドが不意をつくように話しかけてきた時だった。
瞬時に変化する緊迫する空気に瞬発的に身構える。
たった一瞬の間に、ソリッドはダニエルへと向かってきていた。
攻撃をしかけてくる拳から身を逸らして魔具で長剣を生み出す。
だが一瞬とはいえ失念していた。
彼らが目的としていたのが、ルードヴィッヒであったことを。
「ーールードヴィッヒ!!」
ソリッドはダニエルを抑える役割だったのだ。
一瞬という時間は、経験を積んでいるだろう彼には充分すぎるほどの時間だったはずだ。
どこから取り出したのか、暗器の短刀でダニエルの魔具と強く鍔迫り合う中で。
視界の横で、ルードヴィッヒはウインドからの素手で掴みかかる攻撃に重心を低くして耐えていた。
ルードヴィッヒもしっかりと警戒はしていた様子で完全な不意打ちを喰らったわけではない。
ダニエルとソリッド、ルードヴィッヒとウインド。
互いの攻撃を牽制し合う中で。
それは本当に、数秒も経ってはいない程度の時の間隔。
戦闘力の無さそうな闇色の紫の髪を揺らした少年は、身を逸らしたウインドの隣からルードヴィッヒへと目を合わせた。
「っうわああ!!!」
「ルードヴィッヒ!?」
ルクレスティードの癖のある長い前髪に隠れていた瞳が瞬きの瞬間だけ強く閃光を放ち、光が蛇のようにルードヴィッヒの瞳、そして頭部へと絡みつくのを目の当たりにする。
魔術というには奇妙すぎる光は、たった一瞬の出来事として消えていった。
何が起きたかなど理解できるはずもないなかで、迫り合っていた短刀の感触がふっと消える。
「ーー見えた!!いたよ!!」
ルクレスティードの言葉に、ソリッドとウインドが一瞬にして窓から身を投げる。
ルクレスティードはウインドに抱きかかえられ、最後にルードヴィッヒを見つめていた。
部屋は一階に位置しており、逃げるのは容易い。ダニエルはすぐに窓から外を覗くが。
「……いない」
右も左も、下も上も。
まるで最初からいなかったかのように、彼らの姿はどこにも見えなかった。
「ダニエル殿!!」
「…逃げられたな…怪我は!?」
そしてすぐにルードヴィッヒがおかしな攻撃を受けていた事を思い出してその頭を掴むが、見た目には何の異常も見当たらない。
「何もありません…強い光のせいで目は眩みましたが、今はもう」
一応後頭部なども探るが、少し嫌そうにルードヴィッヒは離れ、自分には何の変化もないと告げてくる。
それを素直に信じることができないのは、彼らが何を知りたかったのか結局わからないままだったからだ。
「“見えた、いた”と言っていたな…」
「はい。…目の光ったあいつと目が合ってすぐでした」
言葉だけなら、ルードヴィッヒに何か攻撃を仕掛けた様子ではなさそうだが。
ルードヴィッヒに用があったのは、何か知りたかったからなのだろうが、それをルードヴィッヒの口を割らせることなく知ったというなら、いったい何をしたというのか。
「……戻ろう。すぐにな」
「…彼らを追わなくてもいいのですか?」
「見つけられるのか?痕跡すら残さず消えた奴らを」
彼らがどこへ行ったのか。それよりも、ルードヴィッヒの状況を伝えることの方が先決だ。
ルードヴィッヒは彼らを捜索したかったのか、不満そうに視線を落とすから。
「…ジュエル嬢を安心させてやる方が先決じゃないか?きっと心配しているはずだ」
納得させる為に口にした名前に、ルードヴィッヒはハッと表情を強ばらせてダニエルを見上げた。
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