エル・フェアリア2

□第88話
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「俺達は先に戻る」

「待ってください!私もルクレスティード様と!」

ジュエルを離す為にジャックが連れて行こうとするが、ジュエルは離れる様子を見せなかった。

その姿勢に、とうとうジャックが強制的にジュエルの腕を掴む。その暴挙にはさすがに我慢できなかった。

「ジャック殿!!」

「これ以上の迷惑は許さないぞ」

ルードヴィッヒの批判を気にすることもなく、ジャックはジュエルに低い声を叩き落とす。

びくりとジュエルの肩が跳ねて、状況を理解したのだろう、大人しくジャックに連れて行かれて。

「……おいおい、あっちが武術出場の伝説の方だろ?また貧乏くじかよ」

離れていくジャックとジュエルの背中を眺めながら、ウインドは挑発を続ける。それでもダニエルは冷静なままだった。

「目的は大会訓練ではなくルードヴィッヒなんだろう?なら私でも構わないはずだ」

今まで聞いたこともないような冷たい声が、ダニエルから響き渡る。

ジャックと比べればどこか穏やかな空気を持っているのがダニエルだという認識を持っていた。だが今のダニエルに、穏やかさは微塵も感じられない。

喧嘩腰のウインドの腕を引いて後ろに下がらせて、再び熊のような男が前に出る。

「ソリッドだ」

「…ダニエル・サンシャインだ。見たところエル・フェアリアの人間のようだが?」

「ああ。生まれも育ちもな」

ソリッドと名乗る男は一瞬だけウインドへと目を向けて、暴れる様子を見せないことに安堵するように再び視線を戻してきた。

「俺達はそこの少年に少しだけ用がある。休戦ってわけじゃないが…こっちの用に付き合ってくれるなら、お前達が知りたい事を一つ教える」

「おいおっさん!勝手に決めんな!!」

話を進めていくソリッドの肩を、ウインドが背後から掴もうとする。その腕を、寸前の所で見もせずにソリッドが掴み止めた。

まるで型のような一縷の隙もないその動作に、ルードヴィッヒは思わず息を止める。彼もまた武術の実力者だと、本能が教えてくる様だった。

「無駄話も腹の探り合いも必要無い。互いの持つ情報を一つずつ、だ。時間もかからねぇ。シンプルだが手っ取り早いだろ」

ウインドの手を掴んだまま、ソリッドはダニエルを真正面から見据えながら訊ねてくる。

ダニエルもソリッドからわずかも視線を逸らさないまま、数秒後に微かに頷いた。

「だ…ダニエル殿!」

「チッ…離せよ」

ルードヴィッヒとウインドの声が重なり、異様な雰囲気に辺りの目がさらに集まってくる。

「…移動しよう。近場の応接室を借りればいい」

先に動き始めるのはダニエルで、その後ろをソリッドが無言のままウインドとルクレスティードの背を押しながらついて行く。

ルードヴィッヒに用があると告げてきた中で、ジュエルを拐ったルクレスティードと見知らぬソリッドまでいる現状のわけがわからないまま。

「…ルードヴィッヒ、早く来い」

理由など不要とばかりに、ダニエルに呼ばれる。

それがたまらなく不快なのに、否定できる雰囲気もなく、ルードヴィッヒは渋々最後尾についた。

重苦しい空気の中で、ルクレスティードが闇色の髪を揺らしながらルードヴィッヒへと目を向けようとして、ソリッドに止められて。

突然現れて、何の用があるというのだ。

わからないまま。

ダニエルがラムタルの大会関係者に話しかけて応接室を借りる様子を、強く警戒しながら見守り続けた。

ーーー
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