エル・フェアリア2
□第88話
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必要な情報を得てすぐに彼らから離れ、ファントムの飛行船である空中庭園を介してリーンの元へと戻った。
ルードヴィッヒの記憶の中に、彼はいた。
アリアと行動を共にして、ニコルとも親しげに話していた若者。名前は、アクセル。
ルクレスティードにとってアクセルは恐ろしい存在だったが、ルードヴィッヒから得たあまり多くない彼の情報は、どこか間抜けそうで、弱そうで、とてもアリアを守る戦力にはなりそうもない存在だった。
ルードヴィッヒの中にあるアクセルの情報は本当に微々たるもので、彼が魔術を使うところすらない。
リーンの部屋で合流してから、不安そうな母に抱きしめられ、そしてルードヴィッヒから見えた記憶を直接リーンの脳に見せて。
ルクレスティードの後ろではソリッドとウインドが少し緊張した様子で見守っている気配があり、イヴはガイアの隣に、アダムはリーンの隣でそのぐらつく細い体を支えていた。
「ーーなるほど…珍しいものだ」
アクセルという存在を見て、リーンはクスクスと笑う。
「珍しい?普通の人みたいだよ?」
「いや、普通には程遠い。だが安心するといい。彼の目の力は、ここまで届かないものだからな」
千里眼の能力を受けて少し疲れたのか、休むようにアダムを背もたれにしながら、リーンは何度か瞼を重そうに閉じる。
「いったい何が…」
ガイアが自身の不安を取り除くようにルクレスティードを再び抱きしめて、リーンの説明をせかして。
「千里眼の対となる能力…原子眼だ。恐らく二つの能力が突発的に強く引き寄せられたのだろう。ルクレスティードの目の怪我がすぐに癒えなかったのは、繋がり合った互いの目が傷付き、向こう側の目はすぐに治らなかったからのはずだ。向こうにアリアがいたのなら、アリアが治してやったのだろうな。でなければ二人とも、下手をすれば永遠に目を失っていた」
淡々と説明されるおぞましい内容に、一番表情を強張らせたのはソリッドだった。
「…俺が目を潰したから」
「……否定はできない。だがそれがなければ、ルクレスティードの能力がどうなっていたかもわからん。ルクレスティードの視界だけが永遠に戻らなかった可能性や能力を奪われたかもしれないことを思えば、良い判断だった」
結果が今であるなら、最良だったと。
それでもソリッドは俯くが、言葉はもう無かった。
その隣でウインドは少し困っているかのような様子で頭の後ろを掻く。
「それでその原子眼?なんでここまで能力が届かないって言えるんだよ。ってか原子眼って聞いたことも無ぇぞ」
千里眼なら誰もが一度は聞いたことがあるだろう。今までその力を持つ者がいたのだから。
「遥か遠くのものを見る千里眼の真逆と言えるだろう。非常に近いものを、より鮮明に見ることが出来ると言われている。可視光の外側も含めて全て、な」
「…なんだそれ?」
「我々の目に映る世界が物質の全てではないということだ。この者には恐らく、光が極彩色の粒のように…音が震える波のように見えていることだろう……」
理解し難い説明に、誰もがどこか不安そうに眉を寄せる。
「ルクレスティードが安全だといえる理由はどうして?」
ガイアの質問の頃にはすでに、リーンの意識は半ば夢の中へと落ちそうになっていた。
「原子眼は…千里眼のように遥か遠い世界を目に映すことは出来ない。あくまでも自分の視野の範囲での能力だ…今回はルクレスティードが原子眼の側まで視界を飛ばしたことで能力同士が絡み合ったのだろう…」
そこまでがリーンの限界だった。
完全に全身をアダムに委ね、夢の世界に沈んでいく。
アダムはすぐにリーンをベッドに寝かしつけてやり、誰もが中途半端な説明に困惑することしか出来なかった。
「…ガイア様、リーン様は安心しろと仰っていましたが、万が一を考えて、ルクレスティード様はリーン様と共にここに居てもらったら…陛下もきっと許して下さいます」
未だにルクレスティードから手を離さないガイアだったが、イヴの提案には少しだけ表情を緩めていた。
「…心配事が無いんなら、あいつらと接触する必要も無かったじゃねーか」
ウインドは力が抜けたかのように座り込みながら呟くが、誰もに強く睨みつけられてグッと言葉を詰まらせていた。
「お母様…」
安全だろうと言われても、ルクレスティードにはその目に受けた終わらない激痛が恐怖として今も強く残っている。
不安を紛らわせるようにガイアにしっかりと縋り付くルクレスティードを抱きしめ返しながら、ガイアはひたすら、ロードが早く戻ることを願っていた。
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