エル・フェアリア2

□第88話
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程よく動く程度の訓練を終えて、ジャックとジュエルとも合流して。

訓練場の端に寄るルードヴィッヒは、ため息を同時についたジャックとダニエル、そして鼻を鳴らす勢いで腕を組んで顎も高く上向けて仁王立ちとなるジュエルに、恐れていた予想が的中したと心の中で肩を落とした。

ジュエルがアン王女に同情するかも知れないとダニエルに伝えた通り、朝食の席でジュエルはアン王女を見捨てないとジャックに宣言したらしい。

ジャックはどうやらジュエルを説得しようと試みたが、説得などしようとすればするほどジュエルの気持ちが頑なになることは目に見えた。

「……あの顔に見覚えがある。アンジェ嬢だ。あの傲慢な表情は姉妹そっくりだ…」

ボソリと呟くのはジャックか、ダニエルか。どちらかなど考える必要もない。どちらもだろうから。

「ーーですので、私はあの子を見捨てるつもりはありませんから!」

場所が場所だけにアン王女の名前を口にすることはしないが、ジュエルはさらに顎を高く上げている。

「…はぁ……なあジュエル嬢、俺達はやるべきことをするためにここにいるんだ。それは理解しているんだな?」

「勿論ですわ!」

どうやらジャックは自分が折れることに決めた様子だった。

「…そのやるべきことの邪魔にならないと誓えるな?」

「当然ですわ!!」

鼻息が随分と荒いので、ここに至るまでジャックとはかなりやり合ったのだろうと思えた。

確かにルードヴィッヒもアン王女を可哀想な少女だとは感じだが、ここまで気にかける様子に少し苛立ってしまう。

それでもジュエルに噛み付かず冷静でいられたのは、マガが関係していないからなのだろう。

「…エテルネルには話したのか?」

ダニエルが小声でジャックに訊ねて、首を横に振ったことに少しだけ安堵の表情を浮かべて。

ジュエルの口にする「見捨てない」が何を指すのかはわからないまま、ジュエルは目が合ったとたんルードヴィッヒまで敵とばかりに強くそっぽをむいた。

「こうなるまでに何があったんだ?」

「それは…」

再度小声で話しかけられて、ジャックもルードヴィッヒに目を向けてから口籠る。

「…エテルネルと合流してからだな」

ここでは話せない、というよりはまるで、ルードヴィッヒには聞かせられないとでも言い出しそうなジャックの様子に強く眉を顰める。

「あの、」

まさかマガが関わっているのかと訊ねようとした言葉は、視界の端に映る二色の闇色によって無意識に止まってしまった。

「ーーお前は…」

「うっわ、増えてやがる。さすが双子、激似じゃねーか」

立ち去ったはずのウインドが、仲間を連れて再び現れた。

嫌味を込めながらも嬉しそうな顔は、目当てのジャックが今回はいたからだろうか。

突然現れたことに全員が一気に警戒し、一番前に出たのはダニエルだった。

相手側はウインドと、見知らぬ髭面の熊のような男と、そして。

「…………ルクレスティード様?」

「……ジュエル」

大柄な二人の後ろにいた少年が、不安そうにジュエルの名前を口にした。

その髪の色は闇色の紫で。

「…どうして……その髪の色は…」

信じられないとでも言い出しそうなジュエルの悲しい口調に、ルードヴィッヒの頭はカッと熱くなった。

「突然何の用だ!!」

「ルードヴィッヒ、下がれ」

噛みつこうと足を踏み出したのに、ダニエルに強い力と言葉で即座に制されてしまう。それでも相手を睨みつけることはやめなかった。

「おいおい、こっちは穏便に会いに来たってのによ、態度悪すぎだろ」

「お前も落ち着け。…そこの君に用がある。少し話せないか」

ルードヴィッヒの売る喧嘩を買うかのようにウインドも足を踏み出そうとして、隣の男に止められていた。

そして呼ばれるのは、ルードヴィッヒだけだ。

「…こちらの武術出場者に何の用事でしょうか?」

ルードヴィッヒを止めるダニエルが、ウインドを止める男に静かに訊ねる。

ルードヴィッヒの後ろではジャックがジュエルを遠ざけようとしていたが、ジュエルは少しも動こうとはしなかった。

ジュエルの視線の先にいるのはルクレスティードで、その事実にさらに苛立つ。まだ冷静でいられた理由は、おそらくジュエルが目当てというわけではないからか。

だとしても、訓練場という人目のある中で何の用事があるのか。

ぴりつく空気の中、男は数秒ほど考え込んで。

「…移動しないか?そっちも訊ねたいことがあるはずだ」

流暢なエル・フェアリア語、というよりはエル・フェアリアの血が流れているだろう男からの提案。

ダニエルがジャックと目を合わせたのは一瞬だけだった。

 
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