エル・フェアリア2
□第88話
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遊んでやるつもりが、完全に遊ばれた。
ふつふつと込み上げる怒りを腹の奥に溜め込みながら、ウインドは立ち入りの制限された区画を堂々と進んでいった。
ファントムが鬱陶しいパージャを連れてどこかへ行ってくれたから少しは気分が晴れるかと思ったのに、怒りも苛立ちも冷めない。
気持ちの悪いミュズも静かになり、新たに訪れたソリッドも大半の時間はアエルとかいう女に付きっきりだ。だからウインドの神経を逆撫でする存在など今はいないはずなのに。
エレッテがいない。それだけで、目に入る世界中の全てが腹立たしい。
試合が始まりさえすれば、怒りの矛先などいくらでもある。
頭ではわかっていても。
「…なんだ?」
ふと視界にちらついた違和感に、無意識のように足を止めた。
角を曲がってすぐ。
広々とした廊下になどいるはずのない少女を中心に、見慣れた仲間達が集まっていた。
緑の姫リーンは、バインド王が用意した鳥籠のような部屋で身体を休めていたはずだというのに、美しい緑色の鴉の背に乗りながら廊下に出ていた。
あれが彼女の生体魔具なのだろう。
エル・フェアリアでの一戦で一瞬だけみたガウェ・ヴェルドゥーラの魔具の烏とよく似た形は、既視感よりも違和感よりも、妙な納得感があった。
鴉に乗ったリーンに、ガイア、ルクレスティード、アダム、イヴ、そしてなぜかソリッドまで。
「……いったい何の集会だ?俺なんも聞いてねーぞ」
比較的平和な分類に入る仲間達の集いに苛立ちが少し落ち着くのを感じながら近付いていけば、気持ちの落ち着いてきたウインドとは正反対に皆の顔には強張りがあった。
「…なんだよ。俺なんもしてねーぞ」
「ウインド、あなたエル・フェアリアでリーン姫を奪還した日、天空塔にいた騎士や魔術師達を見てるわね」
「はぁ?」
説明もなく突然ガイアに訊ねられて頭を掻く。
何のことだと訊ね返すより先に、ガイアがルクレスティードに合図をし、ルクレスティードは不安そうに見上げてきながらウインドに千里眼を向けてきた。
「なーー」
何なんだ、そこまで言えない状況のまま。
バチン、と強く眼球を直接引っ叩くような痛みに襲われて、一瞬にして奇妙な映像を脳に貼り付けられる。
激しい衝撃と共に与えられたのは、争いとは無縁そうな、いかにも無害そうな若者の姿だった。
「な…んだよ、こいつ……」
ルクレスティードが見た映像を千里眼の力で無理やり見せられたのだと理解はしているが、こんな毒にも薬にもならなそうな若者など一切知らない。
「彼に見覚えは?」
「あるわけねぇだろ」
「思い出して!!」
ガイアとは思えないほどの強い叱責に、思わず肩がびくりと跳ねて背筋が伸びた。
「……何なんだよ…先に説明しろよ!!」
急に奇妙なものを見せられて、理解できないまま話だけを進められて思い出せもクソも無いだろう。
「……お前が今見た者が、つい先ほどルクレスティードを襲った」
「…は?」
最初の説明はリーンがして。
「さっきね、千里眼でエル・フェアリア城内を見てたの。そしたらその人が視界に映ったとたん、千里眼の力が言うことを聞かなくなって……千里眼を止めようとしても止まらなくて…」
後に続くルクレスティードの説明に、強く眉を顰めた。
「ルクレスティードの千里眼と、その者の何かしらの力が繋がった様子だった。私が断ち切ってはおいたが、いつどこでまた繋がるかわからん。お前は私を救出する際、その者を見ておらんか?」
「……はぁ?わけわかんねぇ……エル・フェアリアの奴らから攻撃されたってことなのかよ?」
「攻撃というよりは、向こう側の防御といった方が近いかも知れないな。それで、今見えた者の記憶は?」
説明を受けても訳がわからないまま、ウインドは過去を思い出す。
しかしエル・フェアリアの天空塔に降り立った時、騎士や魔術師達はフレイムローズの魔眼の力に押さえつけられていて顔など見えているわけもなかった。
「…覚えてねぇよ」
「……少しも?」
「あの状況で一人一人見てるわけねぇだろ」
ウインドの記憶にないものはない。
ガイアはルクレスティードを抱きしめながら不安そうに俯くが、記憶をたぐろうとも若者の顔など見覚えはないままだ。