エル・フェアリア2
□第88話
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謝罪の場を離れた後すぐに訓練場に訪れたルードヴィッヒは、ダニエルと共に簡単な組み手を行いながら、辺りの奇妙な視線に居心地の悪さを感じていた。
デルグ王が亡くなったという知らせは大会の為に訪れている者たち全員の耳に入っている様子で、こちらを窺ってくる気配はどれもこれも重苦しい。
単純に同情の目を向ける者、何か裏がありそうだと探るような目つきの者。
どんな目を向けられてもルードヴィッヒにはどうしようもないのだが、彼らの目が離れることはないだろう。
こんな時に限って親しい他国の者達もおらず、奇妙な孤立に苛立ちが込み上げてくる。トウヤも訓練に付き合ってくれると言ってくれたはずなのに、スアタニラの仲間の目を盗んでまたテテの元へと行ってしまうし。
ダニエルが簡単な組み手訓練しかしてくれないことも原因の一つだろうが。
もっと身体をがむしゃらに動かしたいのに、大会に向けてだと言って簡単な訓練しかさせてもらえない。
戦闘欲求を溜めておけ、とはジャックにも言われたことだが、ルードヴィッヒには苛立ちが溜まっていくようにしか思えなかった。
大会以外でも苛立ちが溜まっているから尚更。
「…ダニエル殿」
緩やかな動きでしかない組み手の後のほんの少しの休憩中、ふと気になってしまったことが頭から離れず、身体を軽くほぐしていたダニエルを呼んでしまった。
「どうした?訓練が不満か?」
「いえ、そういうわけでは…」
その不満も確かにあるが。
「……あの、ジュエルは大丈夫でしょうか」
気になるのは幼馴染のことだ。
気が強くて我儘で傲慢なジュエル。だが妙なところで世話焼きであることは、ジュエルの姉であるガブリエルを見ていればわかる。
ガブリエルも他人の恋路に良くも悪くも介入していたから。
ミシェルもジュエルのことになると異常なほど過保護に世話を焼いていたから、ジュエルも今回特別に世話を焼こうとするはずだ。
不遇の対応を受けているマガと、王族であるはずなのに可哀想な状況下にあるアン王女に。
ジュエルの庇護欲がどこで生まれるのか今回わかった気がしたから、不安と心配は苛立ちと同量にあった。僅差で苛立ちの方が勝るのは、マガの顔がチラつくからか。
「ジャックも一緒にいるからそこまで心配する必要はない。気にせずこちらに集中すればいいさ」
人の耳があるのであまり詳しくは話せない中で、ダニエルは察していたかのような返事をする。
今まで散々カッとなった否定しかしてこなかったからダニエルの返答がそうなることはわかっていたが、冷静な頭はルードヴィッヒにも存在する。
「あの、そうではなくて……ガードナーロッド家の人間は、変なところで世話焼きじゃないですか」
ルードヴィッヒがよく知るのはジュエルとミシェルとガブリエルくらいのものだが、ダニエルは藍都の長女アンジェをよく知るはずだ。
「私は幼い頃にアンジェ嬢に遊んでもらった記憶しかないのですが、あの方もたしか、天災孤児に対してよく面倒を見ていたと聞いているのですが…」
上位貴族にとって位の低い者達に救いの手を差し伸べるのはある種の義務のようなものでもあり、ルードヴィッヒも紫都ラシェルスコット家の人間として苦しむ平民に救貧活動を行ったことはある。
なので取り立ててそこだけに注目する必要はないかもしれないが、今は状況が状況だけに、もしジュエルの庇護欲がバオル国の者達に向いてしまっていたらと思うと気が気ではない。
ルードヴィッヒの言葉に、ダニエルも深く吟味するような表情になる。
「……アンジェ嬢のことは知らないが、たしかにミシェルもガブリエル嬢も、おかしな所で世話焼きといえば世話焼きだったな。ジュエル嬢もそうだと?」
「それは…わかりませんが、でも……」
口籠ってしまうのは自信がないからだ。ルードヴィッヒは今までジュエルを避けていたから。避けていた理由はミシェルだったが。
「マガに対して、心配しすぎているではないですか」
言葉尻が少し荒くなって、慌てて少し俯いて視線を逸らす。自分が言った言葉だというのに、まるで嫉妬のように聞こえてしまったから。
「い、いくら目の前でマガが怪我を負わされたのだとしても、介入しすぎているとは思いませんか!?」
目は逸らしたまま、それでも感情は止められなかった。