エル・フェアリア2
□第86話
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明かりをぎりぎりまで落とした救護室、ベッドと簡易ベッドで静かに眠るアクセルとアリアを眺めた後、ニコルはようやく落ち着いた空を窓から見上げた。
朝から騒がしく飛び続けていた伝達鳥達も深夜ともなればさすがに数を少なくして、国王の死が国中に完全に広まったのだと伝えてくる。
外の鳥を気にするニコルに嫉妬するように、小鳥が膝に着地した。
「お前は眠くないのか?」
訊ねてみても、撫でてほしそうにニコルの手のひらに身体を擦り付けるばかりだ。
まだ名前の決まらない小鳥はようやくセクトルの茜に慣れてきた様子を見せたが、さきほどレイトルが訪れた時に連れて行かれた茜が名残惜しんでくる姿には冷めた目を向けていた。
「…お前と茜、交尾できるのか?」
失礼な質問は完全に無視される。
それぞれ小型と中型の伝達鳥だが、種類が違うので子供は残せないのだろうとぼんやり考えて。
子供。
ニコルがテューラを求めたのはメディウム家の男の本能も強いと、レイトルの言葉を思い出す。
ニコルの母とアリアの母は共にメディウム家の人間だ。
その人の血を受け継いでいるとでもいうのか、たしかにテューラを孕ませたい気持ちは強くあった。
エルザへ長年抱いていた淡い思いとは違う、アリアへ向けた歪な感情とも何かが違う。
何としても手に入れたいと渇望した。今も焦りに苛まれるほどの、最も優先順位を上げるほどの諦められない本能。
彼女に会いたいと願う。そばに置きたいと。
その願いを宥めるように、深くため息をついた。
何者かの気配が近付くのに気付いたのは、少し経ってからだった。
小鳥がテーブルの上に向かい、広げられた紙の上で休み始めた頃。
扉が叩かれる前に開ければ、そこに立っていたのはモーティシアだ。
先に扉を開けられた事に驚いたのか目を丸くしながら、胸元まで上げていた腕を下ろして。
「あなたは起きていたのですか。アクセルの容態はどうです?」
「大丈夫そうだ。目の痛みも引いたらしい」
「それはよかった」
少し疲れた様子で、室内で眠る二人をちらりと覗き見てくる。
「…今まで話し合ってたのか?」
「ええ。決めるべきところ、集めるべきもの、早ければ早いほどいいでしょう」
「レイトルがぼやいてたぞ」
「それは知りません」
クスクスと小声で笑ってくるが、レイトルには笑い事ではない。
モーティシアの思考回路は誰よりも先を進んでいくから、みな追うのに必死だった。今日は特にレイトルが被害者だっただろう。
治癒魔術師訓練生第一号に魔力量の少ないレイトルを選ぶなど、誰が想像つくというのか。
「少し話せますか?」
「ああ」
モーティシアを中に入れても、アクセルとアリアは起きる気配を見せなかった。それだけ二人は頭をフル回転させていたのだろう。
「明かりは…」
「いりませんよ。それよりニコラ殿は?」
眠る二人に気を遣って小声になりながら、先ほどまで共にいた騎士の居所を訊ねられた。
「レイトルと一緒にセクトル達を手伝いに行った。準備物がかなりあるみたいだ」
「おや、申し訳ないことをしましたね」
ニコル達と騎士団の摩擦を緩和する為に共にいてくれたニコラだったが、あまりの準備物の多さにレイトルに強引に連れて行かれた。
アクセルを中心にしてニコルがアリアと話し込んだ、治癒魔術師を育成する為に必要な物や場所や時間。書き出せば書き出すほど、必要なものは膨大に膨れ上がっていった。
トリッシュの婚約者であるジャスミンが覚えているかぎり用意した治癒魔術に関する書物も膨大な量で、それを遠く離れたミモザの応接室に運ぶとなるとさらに時間と人を費やすことになった。
「治癒魔術を会得させるにも、手探りばかりですからね。レイトルならよい実験体になってくれるでしょう。忙しく見せることでアリアの気も散らせますし」
その辺りのこともレイトルから聞かされていたので、ニコルはただ頷くだけにしておいた。
アリアはレイトルに治癒魔術を教えることについて満更でもなさそうだったが、忙しく見せなければならないほどアリアの目は盲目的になるのだろうか。
あまり想像できないが、ニコルの頭の半分以上をテューラが占めてしまったことをアリアに当てはめれば、仕方ないのかとため息をつく。
メディウム家の性質とはいったい何なのか、これからわかっていくのだろうか。
エレッテから両親の話を聞いた時は、親父の方が母に執着していたように聞いたが。
「……なあ、メディウム家って、王家とも血が混ざってるのか?」
ふと気になって訊ねてみる。訊ねた後でヤバいとビビるが。
「結婚という意味でしょうか?それなら大昔から何度もあったみたいですよ」
知らなかったことを怒られるかと思ったが、モーティシアは普通に教えてくれた。