エル・フェアリア2

□第86話
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幼少の頃から、物はよく見える方だった。

遠くのものが見えるわけではない。だが近くにあるものが、より鮮明に見えていた。

小さな昆虫の被毛や、衣服の繊維も細やかに。

それだけではない。時おり目の前を通る光の筋や、黒ずんだ風が流れていく様子も、波打つような風の淡色もアクセルには幼少期からの日常だった。

私達にも見えるよ、と両親も空にかかる防御結界の虹を指さして言うものだから、魔力の高い者はみんな見えるのだと思っていた。

時おり見えていた光の筋は色の異なるいくつもの輝きが混ざり合っており、それが術式なのだと知ってからは解読が趣味になっていた。

君は魔力が高いから、と王城の魔術師に言われた時、自分も魔術師団に入りたいと思ったのだ。

騎士団よりも狭いと言われる魔術師団へ続く門。

その門は広すぎる扉を開けてアクセルを歓迎してくれた。

門の向こう側にいる仲間達は、自分と同じような世界が見えているのだと信じて疑わなかった。



「ーーそれで、術式の波長はどんな色で見えるんだ。形は?触れる事はできるのか?呪いとの違いはどうなんだ?」

王城地下の幽棲の間へと続く長い階段を降りながら、隣に張り付いて質問を矢継ぎ早に繰り出してくる見知らぬ老人に、アクセルは完全に萎縮していた。

魔術兵団長ヨーシュカだとリナト団長から教えられたが、吐息のかかるほどの距離の近さが恐怖でしかない。

共に地下を降りていくのはリナトと騎士団長クルーガーの二人で、セクトルとミシェルは扉の前で待機を言い渡されてしまった。

「いい加減にしろヨーシュカ!!本当に原子眼かどうかもわからないんだぞ!!」

「何をいう。波長という形で見えているとこの小僧が言ったのだ。しかもあの短剣と同じ波長をここから見たと言うなら、原子眼の能力としか思えんだろう」

リナトが庇うようにヨーシュカから引き剥がしてくれるが、ヨーシュカは構わずアクセルの背後に張り付いた。

魔眼や千里眼は聞いたことがある。だが原子眼など、書物でも読んだことがなかった。

「あの…原子眼とは、どういったものなんですか?」

突然自分が原子眼だと言われても、そうなんだ、と受け入れられるわけもなくて。

リナトはクルーガーやヨーシュカと視線を交わすと、困ったように眉を顰めてしまう。

「…それが、ワシらにも分からんのだ。今まで原子眼の持ち主が見つかったという話も聞かん。……ただ、古代文字で書かれた非常に古い文献に記されていたんだ。人の身体の最小の部位まで鮮明に見据えることのできる目がある、と。しかもそれは、魔力や呪いまではっきりと目にすることができる、とな」

御伽噺のような、不思議な能力。

「…魔眼とは別物なのですか?」

「似たようなものなのかもしれんな。魔眼と違い、他者に介入する事はできんが」

「小僧、アクセルと言ったな」

リナトの言葉を遮ってまたヨーシュカが間近に迫ってくるものだから、恐怖が背筋を舐めた。

魔術兵団というだけでも不気味だというのに、リナトやクルーガーとは醸し出す気配が異様すぎて余計に恐ろしく感じる。

「は、はい…何でしょうか」

「どうだ、片目を売らんか?痛くはせんし、悪いようにもせんぞ?」

嬉々とした表情で訊ねられて、今度こそ本気で固まった。ヨーシュカの口調は冗談を言っているようにも思えない。

「ヨーシュカ…貴様……」

リナトも本気で怒り出しそうになっており、救いを求めてクルーガーに縋る目を向けた。

「はぁ…アクセル殿、何も気にする必要はない。魔眼や千里眼とは違って原子眼は本当に何もわかっていない未知の能力だ。君が見えるという術式や呪いについて今後調べることになるだろうが、目を奪うことはないし、管轄も魔術師団と医師団だけだから安心しなさい」

魔術兵団は関係ないと断言してくれる声が心強いが、ヨーシュカの獲物を狙う目は緩んではいなかった。

「あの…本当に皆さんには見えていないんですか?」

自分だけにしか見えていないなど思いもしなかった。

「空にかかる防御結界は他国の侵入を防ぐために、魔力を持つ者にあえて見えるような術式も組まれている。他にも強力な術式なら何かしらの形で目には映るが…呪いは魔力とは完全に別物だ」

クルーガーの説明は、どこか緊張するような様子も窺える。それはおそらく、未知の能力に対する畏怖もあるのだろう。

「…小僧、呪いとはどういう風に見えるものなんだ?」

「え……と、黒ずんだシミみたいな感じでしょうか…そのシミのひとつひとつに苦しそうな顔があって…それが波長…というか、波動というか…音の振動と似た感じで頭の中に見えるんです。音って、聞こえないほどの低音や高音になっても振動は見え続けるじゃないですか。そんな感じで」

「音も見えているのか!?」

何とか説明しようとして、リナトが驚愕の声を上げた。

 
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