エル・フェアリア2
□第86話
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第86話
「父は…エル・フェアリア国王が亡くなったのは昨夜ではありません。ファントムが訪れた後すぐのことです」
他者の耳を遠ざけた後のミモザの説明に、アリアは一瞬頭の中が真っ白になった。
今朝突然聞かされたエル・フェアリア王の死に、ハイドランジア夫妻と約束していた食事も全て白紙にして戻ってきた王城。
両親の形見も荷物も何もかもガウェの個人邸宅に置いてニコルと共に戻ったアリアは、王の死が自分のせいではないと言われても自分を責めずにはいられなかった。
だが、王の死はもっと以前だったと告げられて。
「…あ、の……でも、その時にあたしが力を使っていれば…」
思考能力の戻った頭が真っ先に浮かんだのは自分の責任ではないという安堵で、その思いがひどく罪悪感を苛むから、無意識に自分の非を探した。
たとえ昨夜ではなかったとしても、アリアがいれば救えた命だったかもしれないのに、と。
だがそれも、少し俯いたミモザが小さく首を横に振って。
「…王の死は、誰にも救えるものではありませんでした…お兄様が討たれたのです」
ポツリと、かすれた小さな声で。
討たれという言葉の意味が理解できずにまた思考が停止する。
誰が討った?
ゆっくり考えて、お兄様という言葉がコウェルズ王子だけを指すと無意識のように理解して。
「…うそ」
信じられるはずがない真実に、自然と拒絶の言葉は溢れた。
「……本当です。ファントムがリーンを攫った翌日、それでも表に出ようとしない父を、父の代わりとなる為にお兄様が…討ちました」
「え…でも、そんな…そんなことまでする必要…」
「あったのです。リーンを救う為に…リーンを死んだと偽って捕え続けていた魔術兵団を掌握せねばなりませんでした。しかし魔術兵団は国王直下。王が動かない限りどうすることも出来なかったのです。…動かない父に代わる為に、兄が動きました」
その手を汚してでも。
「……そんな」
ファントムが現れた後、アリアは連日負傷者を癒し続けていた。その合間にもコウェルズは何度か顔を出して、アリア達を労ってくれていた。
いつもと変わらない、普段通りの気さくな振る舞いで。
「…兄さん……」
救いを求めるように、ニコルに目を向ける。
何から救われたいのかはわからない。だが今アリアの胸を苛む不気味な恐怖を消してほしくて。
「…大丈夫だ」
肩を引き寄せられて、安心させてくれる温もりが伝わる。
アリアが少し落ち着いた頃合いで。
「王が昨夜亡くなったことにしたのは、お兄様がラムタルでその存在に気付かれ始める頃合いだろうと見計らってのことです。ニコルもこの事は知っていますよ」
どうしてこのタイミングであったのか、その事実とニコルも知るという言葉に肩を抱いてくれる兄を見上げた。
「…いつ発表するかまでは知らなかったが…コウェルズ様がラムタルでやるべき事の一つが王位継承宣言だったんだ。…近いタイミングだろうとは思っていた」
「…どうしてそんな、他国で?」
「大戦後に多くの国同士で取り決めた、近隣諸国との融和の為の政務なのです」
ミモザの説明に、アリアは眉を顰めながらも静かに聴き入る。
大戦がようやく終結した頃、人々は生きることにも疲弊していた。終わったとはいってもいつまた戦争が始まるかわからない残酷な時代の疑心暗鬼。
同盟国ですら足元を掬う世界、そして多くの国々で何度も統治者の顔は変わった。
世界中に蔓延する猜疑心を打ち消す為に、統治者同士の絆を深める名目の下、新たな統治者となる者は同盟国や絆を深めたい国へと赴く外交行事が発案された。
国王自ら向かうことで、我々は敵ではない、あなた方を敵とは思っていないと伝える為。そして国を空にしても国力を保っていられると暗に告げる為。
「…そしてその条約の基礎を最初に発案したのは我が国の…ロスト・ロード様なのです。我が国が世界に向けて生み出したものを、我が国が反故にするわけにはまいりません。たとえどんな状況であろうとも」
誰が最初に口にしたのか。
ロスト・ロードという名に。
「……ととさんが?」
何もかもに困惑して、また兄を見上げて。
ニコルも知らなかった様子で、アリア以上に困惑の表情をミモザに向けていた。
「…アリア、あなたまさか、ファントムが誰であるのか知っていたのですか?」
そしてミモザも、アリアがファントムとロスト・ロードを繋げたことに驚いて。