エル・フェアリア2
□第84話
1ページ/19ページ
第84話
ラムタル王家が憩う為の美しい庭園を、ガイアは静かに歩いていた。
後ろをついて来るのは、深い怒りを溢れ出しているロードだ。
その怒りは幼少期からずっと恐ろしいものだったのに、今はさらりと受け流すことが出来る。
少し歩きましょう、と伝えたのはガイアの方だ。
ルクレスティードは庭師に任せて、広い庭園をゆっくりと歩く。
怒る彼の前を歩くなど初めてのことだというのに、足は少しも怯えていなかった。
「…ガイア」
呼び止められた場所は、ロードの弱さを初めて知った東屋。
足を止めて、ゆっくりと振り返る。
冷たい眼差しから逃げはしなかった。
ガイアの身体に宿ったクリスタルの魂が、母としての強さを与えてくれたから。
「……あなたを愛してるわ」
伝えてから、ロードの元に向かい、その冷たい頬に両手を優しく添えて。
「…でも…一生、あなたのことは許さない」
思いきり強くつねり上げた。
「ーーーー!?」
突然の出来事に両手は強く振り払われて、ロードは驚いた表情でガイアを凝視してくる。
それもそうだろう。ファントムとなってからどころか、エル・フェアリア王族であった幼い頃から、彼の頬をつねり上げたものなどいないはずだ。
「私はね……あなたと家族になりたかった。子供の頃からずっとよ!」
驚いたまま固まるロードに、ガイアの今までの怒りをぶつける。
「あなたのことを父と呼んだこともあるけど、それだってあなたと家族だと思いたかったからよ。自分が産んだ子供が大事なのも、あなたとの子供だから!!」
ずっとそうだった。大事なのは子供だけじゃない。ガイアにとっては、子供達もロードも、必要な存在だったのだ。
「私が産んだニコルもコウェルズ王子も奪った挙げ句、私が病んだから記憶を消した?ふざけるんじゃないわよ!!あなたは私に寄り添うべきだった!!あなたがするべきことは、記憶を消すなんて事じゃなかったのよ!!いつもいつも、そんな簡単な方法に逃げないで!!」
涙が浮かんで、感情的になっていく。
怒りが爆発したせいで言葉が普段のように浮かばない中で、それでもガイアは懸命に叫んだ。
ロードはただ静かに聞いている。
その無表情を読み取ることは難しかったが、ロードの怒りは消えている様子だった。
「私はね……私は…本当にあなたが好きなの!!」
声が枯れるほど強く叫んで訴えて、涙が一気に溢れて視界を白く歪ませる。
「あなたが好きだから、子供達のことも愛してるの!!家族になりたかったの!!なのに…“女”の私だけを求めないで!!子供扱いもしないで!!ちゃんと私を見て!!」
今まで言えなかった、伝えたかった言葉を。怒りでどうにかなりそうなほど、ガイアはロードを愛していた。
「……子供扱いなどしたことがないだろう…それにお前も…何も言わなかったじゃないか」
「言わせなかったのはあなたでしょう!?私が何か言おうとしたらすぐに不機嫌になって、すぐに鞭を取り出してたわ!!」
ようやく反論が聞けて、それにもすぐさま反論で返して。
もっと冷静に伝えたかったのに、涙は止まらない。もっと段階を踏んで伝えたかったのに、言葉を選べない。
ガイアの中にある本音が、それほどまで激しく膨らんでいたから。
言うことを聞かせる為に振われ続けた鞭など、幼い頃から味わい続けたガイアからすれば子供扱いと何ら変わらない。
ようやく少しだけ冷静になれて、動揺してなお見つめてくれるロードの瞳を、じっと見つめ返した。
それすら今まで出来なかったことだ。
彼の顔色を伺って、不機嫌にさせないように生きてきた。
でももう、そんな都合の良い存在でいたくない。
「わたしはっ……ちゃんと、あなたの妻になりたい…」
泣きすぎて裏返る声が、切実に伝える。
二人で子供達を育てたかった。
優しい愛情を与えて欲しかった。同じくらい与えたかった。
困惑するロードがしばらく間を置いてから、抱きしめる為に手を伸ばしてくれる。
その手を強く振り払い。
「今そんなのいらない!!誤魔化さないで!!」
また涙が溢れる。
「……私はあなたの何なの?」
態度で曖昧に示されても、不安と不満が胸に溜まるばかりなのだ。
「ちゃんと愛して…私のこと、気持ち…蔑ろにしないでっ…」
過呼吸寸前にまで呼吸が乱れて、何とか自力で息を整えようとして。
また伸ばされた手を、今度は振り払わなかった。