エル・フェアリア2
□第82話
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第82話
夕暮れ時の王城正門を抜けたモーティシアは、用意した馬に荷物を乗せながらゆっくりと大きなため息を付いた。
ジャスミンを怒らせた件でトリッシュからもキレ散らかされた後で、気力は既に大きく削られている。
怒らせるほどのことを今まで言い続けていたのだと理解はしたが、急に怒りを爆発させるのもどうなのかと不満も残った。
「…さあ、行きますよ」
馬の胴を撫でて、警備の騎士達に会釈をして。
自宅に戻る前に寄っておきたい場所もあったので、馬が向く方向は個人邸宅の揃う区画とは反対側だ。
歩いて行くか、乗り上げるか。
一瞬迷って鐙に足をかけたところで、近付いてくる人影に気付いて無意識に振り返った。
こちらに目を向けながら歩み寄ってくるのは見慣れない騎士で、手の甲の刺繍と宝石の色から第三姫クレアの護衛騎士だとわかった。
足を下ろして、緊張しながら相手を待つ。
その騎士と面識は無かったが、モーティシア達には今現在、騎士達に不条理に恨まれる理由がある。
「モーティシア・ダルウィッカーだな?」
あまり表情の読み取れない騎士は、睨みつけているとも取れる目つきのままモーティシアを確認してきた。
「…そうですが。あなたは?」
「私はユージーン・ラーブル。クレア姫付きの副隊長だ」
護衛騎士だけでは飽き足らず、副隊長クラスまでもが文句でも言いに来たのかと警戒すれば、ユージーンは馬と荷物に目を向けて、モーティシアの手荷物まで確認をしてきた。
その視線の動きには違和感しかない。
「……いったい何の用でしょう?」
「昨日、遊女を匿ったそうだな。貴殿の邸宅はどこにある?」
「…は?」
何を突然訊ねてきたというのか。
理解が追いつかず、眉を顰めてしまう。
「……いったい何を…」
「マリオン嬢に用がある。邸宅の場所を教えてくれるだけでいい」
マリオンの名前を出されて、困惑と同時に不快感が胸を苛んだ。
「…何をお尋ねになりたいのでしょう?」
どこから知ったかわからないが、モーティシアの家までは把握していない状況にひとまず安堵しつつも警戒して。
「彼女に直接話す」
「どこまでお知りかはわかりませんが、彼女は今、私以外の人間に怯えています。お伝えしたいことがあるなら伝えますよ」
「…二度言わせるな」
「同じ言葉を貴方に返しましょう」
視線の鋭さを一気に増すのは、モーティシアもユージーンも同時だっただろう。
マリオンを知るということは、彼女の客だったことは間違いない。
それも、マリオンの状況を逐一調べるほど熱心な。
高級店で悪魔喰らいとして懸命に働いてきたマリオンのことだ。殺されかけるほど、一部からは異常な人気を誇る。
恐らくはユージーンもその一人なのだろうと予想して。
しばらく睨み合いになれば、様子のおかしさに気付いた警備の若い騎士が一人、怖々と近付いてきた。
「……あの、何かありましたか?」
不安そうな表情は、モーティシアのことはわからずとも、ユージーンが階級の高い護衛騎士であることに緊張しているからだろう。
「警備の邪魔をしてしまいましたね。もう解散するのでご安心ください」
若い騎士には落ち着かせるように微笑んでゆっくりと話し、
「…現状で我々治癒魔術師護衛部隊に接触するのは、また不要な騒動を招きますよ」
冷めた眼差しで、ユージーンを見下すように。
彼も現在の姫付き達の置かれた状況を思い出すように忌々しそうに睨みつけてくるが、やがて諦めて城内へと戻っていった。
本当に諦めたわけではないのだろうが、姿が見えなくなったことに安堵して。
「……大変ご迷惑をお掛けしました。あと申し訳ないのですが、貴方の任務終わりで構わないので、この馬を兵舎中間第一棟の厩舎に戻しておいてくれませんか?」
「へ?」
「助かります。それではよろしくお願いします」
「え!?」
手際よく馬に預けていた荷物を手にして、有無を言わさず手綱を渡して。
「あなた、名前は?」
「…マウロと申します」
「そうですか。マウロ殿。馬のお礼は必ずさせていただきますよ。では」
「ぇえ!?」
爽やかに微笑んで、馬を置いて歩いて進むのは家のある方向だ。
本当は買っておきたいものがあったが、あの様子だとユージーンは何らかの形で何としてもモーティシアの自宅の場所を知ろうとするだろう。
時間の問題かもしれないが、なるべく知られないようにする為に、歩きながら自らに術式をかけて。
これで何者かに後を付けられたとしても、ひとまずは安心だ。
重い荷物を抱えながら、息を殺しながら、モーティシアは家に向かう足音を消しながら、自宅への帰路を急ぎ進んだ。
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