エル・フェアリア2

□第80話
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第80話


意識が途切れ途切れになっていた。

気持ちの悪さから、手で壁をつたいながらズルズルと歩いていたのだ。

視界が世界ごとブレる感覚。

足が床を踏んでいないような、思考が霧の中に紛れたまま消滅したような。

時々ふと意識がもどって、全身を身体の奥から怖気と怒りが苛んだ。

足がもつれてその場に倒れ込んでも、自分が倒れたと気付けないまま手で壁と床をさぐる。

「……パージャ…」

呟いた言葉は、喉を強く締め付けられているかのように聞き苦しい音をしていた。

早く会いたかった。

この世で唯一、ミュズの大切な人に。

パージャしか残らなかったのだ。

ミュズにはパージャしか残らなかった。

不死の彼以外は、全て死に絶えた。

ミュズの目の前で。

奪ったのは、エル・フェアリアだ。

大切なものを惨たらしく殺しつくして、今また、唯一残されたパージャまで奪おうとしている。

「…うぅ……あああぁぁ」

這いつくばったまま、立ち上がれないまま、パージャを思う。

唯一ミュズのそばに残ってくれたパージャを救う術を、そのたった一度のチャンスを、逃してしまった。

エル・フェアリア王家の力さえ身体に宿せば、ミュズの中に眠る微かな力が目覚めるはずだったのに。

それを教えたのはファントムだ。

ミュズの祖母は治癒魔術の力を持っていた。

だが極端に血が薄れたせいで、ミュズは治癒の力を持たなかったのだ。

それでも条件さえ揃えば、ミュズにも治癒の力が開花するはずだったのに。

コウェルズから僅かでも力を奪えば、パージャの傷を癒せる治癒の力が手に入ったはずなのに。

ミュズの全身がコウェルズを拒絶した。

もうミュズには、パージャを救える力は手に入らない。

「ああああぁああぁぁぁ……パージャ…パージャパージャパージャ…」

今までさんざん守られてきたのに、ミュズのそばにいてくれたのに。

ミュズの為に何度も死んでは蘇ったパージャを、ミュズは救えないのか。

意識が途切れる。



また覚醒する。

身体はまだ床に這いつくばったままだが、先ほどとは違う場所。

意識の途切れた状況で、どこまで進んだのかさえわからない。

「パージャ……」

ミュズのそばに彼がいない。

永遠に失うかもしれない。

苦しみ続けて、痛めつけられて。

絶望を顔に貼り付けたまま、永久に離れ離れになるかもしれない。

そんなの、嫌なのに。

今すぐにパージャの元に向かいたいのに、身体に力が入らない。

視界に何も映らない。

「パージャ…」

ミュズが最後のチャンスを壊した。

パージャを救える手段をなくした。

ミュズが。

「いやあああぁぁっっ!!」

パージャに会いたい。今すぐ。

視界が真っ暗なまま。

会いたいのに。

手足の感覚も消えた。

どうしてそばにパージャがいないの?

潰れるような喉の痛みも消滅していく。

誰のせい?

全ての感覚が遠退いていく。

全て、エル・フェアリアに奪われた。


エル・フェアリアに奪われたのだ。

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