エル・フェアリア2
□第69話
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第69話
パチパチと、何かが弾ける音がする。
それはどこかで聞いたことのある音だった。
どこで聞いたのだろうと暗闇の中の記憶の引き出しを開け続け探し続けて、ようやくそれと似た音を聞いた場所を思い出した。
思い出したと同時に、その時に味わった匂いや目の痛みにも苛まれる。
そこは−−
「−−!?」
目覚めたパージャが最初に視界に入れたのは、全てを覆い尽くそうとする黒煙の立ち上る空だった。まだ明るい時間のはずなのに、黒煙のせいで異様な暗さが広がっている。
一瞬意味がわからず、しかしすぐに仰向けに転がされていた体勢を横に変えた。
両腕は後ろに縛られ、足も動かない。
焼かれた匂いは木々ばかりだったが、あまりの量に噎せ返った。
「っ…ゲホ!!」
何度も何度も噎せて、染みる痛みに目を閉じて。
「…目覚めたか」
「ぐあぁっ!!」
突然肩を遠慮もなく蹴られて、パージャは再び仰向けに戻ってしまった。何の前触れもない痛みに叫んだ喉に煙がダイレクトに侵入し、さらに強く咳き込んでしまう。
「おにいちゃん!!」
そして聞こえてきたミュズの叫び声に、意識が覚醒するように強く目を開けた。瞬間、顔面を蹴られて身体が倒れていた場所から吹き飛ぶ。
呼吸が止まるほどの痛み。しかし、傷は出血ごとものの数秒で消え去った。
「おにいちゃん!!」
またミュズの叫ぶ声が聞こえて、もう一度目を見開いて。
今度はうつ伏せとなった状態から顔を上げれば、目の前に広がる光景に言葉が消え去った。
世話になった村の中央に位置する広場、だろう場所。
確信が持てなかったのは、すべて破壊されて焼かれていたからだった。
もともと人口の少ない村ではあったが、すべて破壊するなど。そしてパージャから数歩分だけ離れた場所に村人達が集められており、パージャと同じように後ろ手に縛られて座らされていた。
ミュズは、パージャと村人達と三角を成す場所に立つあの男に抱えられて。
「み−−」
「ミュスを離して!!お願い!!」
パージャがミュズを呼ぶより先に、母親が絶叫するように懇願した。捕らえられて表情を青白くさせているが、これからどうなるかわからない恐怖より我が子を胸に抱いて守る方が大切なのだ。
「…ご婦人の娘さんか。どうりでお美しいと思いましたよ」
男はミュスを抱えたまま母親に近付き。
「お願いします…ミュスを」
先ほどパージャにしたように、遠慮のかけらもない強さで母親の胸を蹴り飛ばした。
「あああっ!!」
「おかあさん!!」
母親の甲高い絶叫と、ミュスの絶叫が重なる。その瞬間の男の恍惚とした醜い笑みを、パージャは見逃さなかった。
人をいたぶって楽しんでいる。それは、今までパージャが見てきた最低の人間達と同じものだった。
「やめろ!!傷つけたいなら俺にしろ!!」
倒れ伏したミュズの母親に覆い被さるように、父親が男を睨みつける。だが男は父親にフンと笑って見せただけで、後ろにいる仲間達に目を向けてしまった。
「…準備のほどは?」
男と同じ衣服を纏った者達が、それぞれどす黒い槍を浮かせて魔力を込めている。まるで槍に魔力を圧縮していくような様子に、それが何かわからずとも悲惨なものだと理解ができた。
「…もう少し時間がかかります」
「そうか」
仲間の一人の言葉に、男がまた醜く微笑む。
「…ならしばらく、楽しませてもらおうか」
男がリーダーなのだろう。何かしらの準備を他のものに任せて、ミュズをパージャと両親の間に放り捨てる。
「ぎゃっ!!」
衝撃と痛みに短い悲鳴を上げるミュズも手と足を縛られており、両手の空いた男はパージャに近づいて頭に片足を置いた。
「ミュス!!」
両親がミュズを呼ぶ。村人達も。
それでも動けないまま痛みにうずくまることもできないミュズが、不安を訴えるように静かに泣き始めた。
「なんと可愛らしい泣き声だ…もっと聞きたくなるようだな。なぁ、少年?」
誰にも助けてもらえないミュズの泣き声に恍惚の笑みを浮かべながら、男がパージャの頭を踏みしめる。
ミュズを救いたいのに、その痛みを堪えて唇を噛むことしか出来なかった。
「今までのように血生臭い場所に身を潜めていたなら、もう少し発見が遅れただろうに…こんな清涼な場所にいて、気付かれないとでも思っていたのか?」
やがてミュズの泣き声に飽きたように、男がパージャの頭を踏みしめるのをやめないまま問うてくる。
「…るせぇ…クソ野郎」
ようやく発した言葉は弱々しくて。
何度も頭を踏みしめられて口内に砂ぼこりが入り、それが喉に引っかかってまた強く噎せてしまった。
どうして逃げ続けなければならなかったのか知らないのに、訳も分からないまま理不尽な暴力を受けて。