エル・フェアリア2
□第66話
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第66話
ラムタル王城から眺める夜空は、エル・フェアリアとは星の位置が違って見えた。
夜にだけキラキラと輝く小さな光達。
手に届かないほど高い場所で瞬く「星」と呼ばれるあの光が何であるのかは未だに解明されていない。
コウェルズは不思議な星を見上げながら、じきに訪れるはずの伝達鳥を待っていた。
エル・フェアリアとは連絡を取り合うことにもちろんなっている。だが最新の注意を払う為に声を通す伝達鳥ではなく手紙のやり取りと決めていた。
言葉なら誰かに聞かれてしまうかもしれないが、特殊な魔力で書かれた手紙ならコウェルズ以外には見ることが出来ないからだ。
窓の外からは遠くから聞こえてくる宴会の音が微かに響いてくる。
大会出場者やその関係者たちが異国同士陽気に酒を飲み交わしているのだろう。危険も多い大会だが、それだけが全てではないのだ。大会に訪れる者は出場者と関係者だけでなく将来有望な戦士の卵も多く、強くなることに妥協を許さない者達にとって経験者達の言葉は何より貴重な宝なのだから。
ラムタルに到着してから初めての夜。入浴から戻ったジュエル達と合流して夕食を食べて、是非とも話をしたいという者達に後日と約束をしてから部屋に戻りくつろいで。
ジャックとダニエルの顔を立てて大人しくしているが、今すぐに部屋を抜けて調べ回りたい気持ちは膨れ上がるばかりだった。
心残りが多いから。
ナイナーダに襲われたミモザのこと、ヨーシュカが告げたサリアのこと。
それ以外にも勿論あるが、脳裏によぎる不安の多くはその二つが占めていた。
コウェルズはファントムの居場所がラムタルにあると確信する為に、リーンを取り戻す為に、そしてエル・フェアリア王の件を口にする為にここに訪れた。それがはたして最善であったのか、動きもせず何もしなければ今さら揺らぐ自分がいるのだ。
失敗などしてこなかった人生。それがファントムに関わってから苦渋を舐め続けるばかりとなった。
だからなのか、これが本当に正しかったのかがわからないでいる。
考えても後戻りなどできないというのに。
今までの自分ならばそんなこと申し訳程度にも考えなかった。絶対的な自信に満ち満ちて、成功する結果しか見えていなかったし実際に成功し続けていたのだから。
「上には上がいる…」
いつだったか誰かが言っていた気がする。
コウェルズにとってその相手はファントムだったのだ。
本来ならばエル・フェアリア王となるはずだった人。
大戦時代に生まれ、数え切れないほどの成功を手に入れてきた、偉大な。
そんな男でも、失敗はあったのだろうか?
「…何だ?」
ファントムの失敗を頭の中だけで探そうとした矢先に、夜空に不穏な動きを見つけて眉をひそめた。
ラムタルの夜空だというのに、既視感を感じる動きがあったのだ。
天空塔を見上げた時のような不自然な空の動き。だがラムタルに天空塔と似た物体があるなどと聞いたことはない。
しかし見間違いと肩をすくめるには強く胸につっかえて外れなかった。
恐らくは気のせいではない。そう強く言い聞かせて注意深く夜空を探るが、気のせいだとあざ笑うかのように美しい星々が瞬くだけだった。
−−仕方ない
何がファントムやリーンに繋がるかはわからないのだ。それとなく探りを入れようと窓から離れようとしたところで、空の一部に待ち望んだ伝達鳥を見つけて改めて向き直った。
夜空の下でわかりにくいが、四羽の鳥達が迷わずコウェルズに向かってくる。
伝達鳥はそのうちの一羽だけで、あとの三羽は伝達鳥を守るように見事な陣形のまま飛んでいた。
いずれも特殊な訓練を積んだ優秀な鳥達で、コウェルズがどこにいようとも迷うことなく訪れてくれるのだ。
大会中は他国の者達もよく伝達鳥を飛ばして連絡のやり取りをするので、コウェルズの鳥達が訪れること自体には何ら目立つ要素はなかった。
窓から離れて伝達鳥達を待ち、数秒のちに無事に夜空から机の隅に降り立つ四羽を見届けてから窓を閉める。
中型の伝達鳥と、それより少し大きい護衛鳥達。
四羽は特別にあつらえた装備に身を包んでおり、コウェルズは最初に伝達鳥から装備を外し、護衛の三羽の装備もそれぞれ外してやった。
「この魔力は…フレイムローズのものだね」
鉄でできた装備は長距離を飛ぶ鳥達には重く見えるが、魔力を染み込ませている為に飛んでいる間は一切負荷がかからない仕組みになっている。
普段は魔術師達の魔力を染み込ませているはずだが、フレイムローズが頼み込んだのだろう。
馴染んだ特殊な魔力に微笑みながら伝達鳥が運んでくれた手紙を受け取れば、広げた高級な紙には何も書かれてはいなかった。
コウェルズだけが見ることを許された内容なのだから当然だ。その手紙を広げたまま静かに目を閉じて、少し難しい術式を成功させる為に深呼吸をする。