エル・フェアリア2

□第63話
1ページ/13ページ


第63話


昨日のことを覚えているか?

胸の奥深くで自問するルードウィッヒは、部屋の壁に掛けられている鏡に写し出された自分を見つめた後に胸の奥深くで否定した。

鏡の中の自分は魔具で作られた細工の細やかな装飾品に彩られて、まるでか弱い少女のようだ。

ガウェに切り揃えてもらったお陰で以前と違い髪は短くなってはいるが、それだけでは男になど見えないほどに、自分は弱々しい。

髪飾りも、ピアスも、何もかもがルードウィッヒの見た目から力強さを消してしまっているのだ。

以前ならば“これは魔具訓練なのだ”と自分に自信を持ってきた。しかし何が発端だったかいつの間にか自分を飾ることを止めていて、大会の為の訓練をすればするほど魔具で飾らないことに違和感を忘れていたのに。

昨日、立っていられないほどの震動がジュエルごとルートヴィッヒを襲い、ジュエルをかばって下敷きとなった。

ルードヴィッヒが下敷きになるなど有り得ない状況だったのに、だ。

激しい震動に襲われた時、ルードヴィッヒは確かにジュエルに覆い被さるように倒れた。

その後に自分が下敷きになるまでの一瞬に何かがあった。

動いたのは自分だ。無意識ではあったが身体が最善の動きをした。今にも消えてしまいそうな感覚を何とか強い意志で押さえつけてはいるが、

「−−−っ…」

その後ルードヴィッヒの身体をまさぐった大きな手が、ルードヴィッヒが思い出したい感覚を遮断してしまう。

ジュエルをかばったルードヴィッヒの身体は剣武大会に出場する為の重要な身体で、その身体に傷がついていないかを調べる為にジャックが触れて調べてきたのだ。

指先から腹部に至るまで、すべてを調べられた。

その手が。

「なん…でだ」

その手が怖かった。

痛みを押さえるように両手で頭を掴む。

ジャックがルードヴィッヒの身体に触れたことは必要なことだったのに、かつてのおぞましい記憶が邪魔をして恐怖でしかなかった。

まだルードヴィッヒが今以上に未熟だった頃、たった一人の少女を守ることもできずに絶体絶命に陥り、少年趣味の敵に身体をまさぐられた。

死を覚悟させられた状況で素肌に、それも誰にも触れさせないような箇所に指を這わされて。

屈辱と恐怖と混乱が限界を越えたがゆえの魔力の暴発がルードヴィッヒの命を救いはしたが、変わりに全身は変質者の血に濡れた。

はだけた衣服の内側にぬるりと入り込んだ生暖かな血がルードヴィッヒを隅々まで汚すような感触。

忘れていたはずの感覚が、たかがジャックに身体を検査されただけで思い出してしまったのだ。そしてその感覚は、なぜか魔具で自分を包んでいると微かに落ち着いた。

違和感はまだ身体に強く残ってはいるが、それでも細やかな装飾の魔具が自分自身の力だという安心感が働くのか。

わからない。

昨日ジュエルをかばった際の感覚をどうにか思い出したくてそちらに意識を向けたいのだが、恐怖は無情にもルードヴィッヒを苛み邪魔をするのだ。

考えろ、と心で自分を叱責する。

無駄な恐怖など邪魔でしかない。今は大会に頭を全て向けろと。

「…なぜだっ」

しかし恐怖なんかいらないと自分の中から省こうとしても、どうしても震えがとまらなくて。

自暴自棄になりそうな、過去の恐怖に押し潰されそうな、どうしようもない、無様な−−


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ