エル・フェアリア2
□第59話
1ページ/14ページ
第59話
「−−礼を言うぞ!よい乗り心地だった!」
ラムタルで開かれる剣武大会に向かう為にコウェルズ達が飛行船で出発した後すぐに、突然現れたヴァルツにせがまれてニコルは生体魔具の鷹を出した。
そして生体魔具が飛び上がってから数分後、戻ってきたヴァルツはいつもの元気な姿の中にわずかに大人の表情を含ませながらニコルにそう告げた。
短時間の間にコウェルズと何を話したのかはわからないが、ヴァルツは魔具が着地していない段階で飛び降りて、そのまま駆け足でミモザの元に向かっていってしまう。
「…元気だね、ヴァルツ様」
「…だな」
側にいたアリアと共にやや呆れた声で呟いて、同時に目を合わせて。
アリアの肩には故郷の村長の夫人から譲り受けた小型の伝達鳥が乗っており、灰色の体はアリアの淡い銀の髪をいっそう引き立てるようだった。
村長が亡くなり、忘れ形見のように譲られた伝達鳥。
伝達鳥としての能力は低いが、長くニコルとアリアを繋いでくれていた小鳥に指をさし出せば、慣れた小鳥は軽い身体を浮かせてニコルの指に飛び乗った。
「こいつにも名前をつけてやらないとな」
伝達鳥には基本的に名前をつけない。
それはエル・フェアリアの習わしのようなもので、伝達鳥達は仕事の引退と共に名前を贈られ、飼い主の側で余生を生きるのだ。
伝達鳥とはいえ完璧に仕事を全うできるわけではない。飛び立った伝達鳥が野鳥に襲われることも少なくないので、名前を付けてしまったら悲しみが増えるという理由と、伝達鳥自身が付けられた名前を覚えてしまい、それを元に害意ある他者に伝達鳥の持つ手紙や情報を奪われないようにという理由があるのだ。
だから、引退してようやく名前を与えられる。
「名前は何がいいと思う?」
「お前が良い名前をつけてやれ」
「え、あたしが?」
この小鳥はアリアの側にいる時の方が長かったのだ。名付けるならアリアの方がいいだろう。
ニコルは驚くアリアの肩に小鳥を戻してやり、もう一度「決めてやれ」と告げた。
「うーん…何がいいんだろう」
肩に戻る小鳥に向けてアリアが首をかしげれば、小鳥はアリアの頬に頭を擦り付けて。
「ニコル、アリア。私達もそろそろ戻ろう」
ふいにそう話しかけてきたのはレイトルだった。
レイトル達はニコルがアリアの側に来た頃に気を使うように少し離れていたのだが、コウェルズの出発後に解散を始める者達が増えたのでまた近付いたのだろう。
しかし側に来るのはレイトルとセクトルだけで、モーティシア達他の護衛部隊のメンバーはすでにニコル達に背を向けてしまっている。
「あいつらは?」
なぜ来ないのかと思えば、アリア達三人の少し驚いた視線が向けられて。
「…なんだよ」
「いや…あ、そっか!君は知らなかったね」
変な視線を向けるなと眉をひそめるニコルに、レイトルが何かに気付いたように声を上げた。
「アクセルがコウェルズ様に頼まれ事をされたんだよ。それが珍しい術式の解読らしくて、モーティシアとトリッシュも興味津々なんだ」
「…頼まれ事?」
コウェルズがアクセルだけに。
ニコルの中のアクセルはモーティシアやトリッシュに比べると頼りない箇所が目立つ魔術師なので、そのアクセルが選ばれたことに驚きは自然と溢れた。
「リナト団長が変な鉄の短剣を持ってきたんだ。何でも短剣に術式が練り込まれてるらしくて、それを解読しろってよ」
レイトルに続いて説明をくれるセクトルは、少し名残惜しむようにアクセル達の離れていく背中に目を向けている。
元は魔術師入りを請われていたほどのセクトルだ。不思議な術式の解読に興味を引かれているのだろう。だがそれよりニコルが気になったのは。
「…短剣の術式?」
おかしな短剣。
ニコルには心当たりがあった。
ファントムとの戦闘で、パージャが手にしていた不気味な短剣だ。
壊れたパージャは、その短剣でナイナーダを圧倒した。
「変な剣だったよ。リナト団長ったら“取り扱いには気を付けろ、絶対に刃に触れるな”って何度も言うの」
アリアもその短剣を目にしたらしく、当時を思い出してリナトのおかしな態度を教えてくれる。
普段は剽軽なリナトがいつになく真面目な姿だったのだろう。
短剣についてニコルはあまり教えられていないが、特別な術式のかかった短剣なのだとそれだけ理解する。