エル・フェアリア2
□第55話
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第55話
最後にしっかりと実父の顔を目にしたのは何年前だろうか。
ニコルがまだ子供だった頃、彼はニコルとよく似た銀の髪をなびかせながら気まぐれに村に会いに来てくれていた。
ニコルが村を出てからは音信不通となり、王都の城下で十数年ぶりに再会した彼は仮面を被っていたから顔を見ることはできなかった。
そしてファントムの襲撃の際に、父がファントムであるという最悪の結果を見せつけられ。
銀だった髪の色は闇色に変わっていた。
見た目の年齢はニコルが最後に父と別れた時と何ら変わらなかった。
たった一瞬だけの確認だった。だから見間違いである可能性を、自分の名を思い出した今でも心に抱いていたのだ。
なのに。
今、ニコル達の前で優雅に微笑みを浮かべる彼は、ニコルに合わせた目を細める。
そして完全に確信させられる。彼は実父で、同時にファントムであると。
「お−−」
親父、と無意識に呼びそうになった口は、コウェルズの無言の制止によりぎりぎりで踏みとどまれた。
パージャを探しに訪れた闇市で再会したファントムは圧倒的な存在感を放ちながら、人形のように生気のないパージャに自分の魔力を吸収させる。
ニコルも、コウェルズ達も、援軍も、魔術兵団も。ただファントムが圧倒的な存在感を醸すというだけで誰も動けない状況のまま。
ファントムの魔力がパージャに吸収され、
「ッガァアアァァッッ」
獣のような狂ったパージャの叫びが辺りに響き渡った。
叫びの後は項垂れるように背中を丸くし、止めどなく肩から血を溢れさせる。
パージャを探しに来たというのに、パージャの異常な姿に恐怖が肌を舐めた。
ニコルだけでない、全員がそうだったろう。
その中でファントムだけが冷たい微笑みを浮かべて、静かに辺りを見回す。
そして。
「さあ、存分に復讐させてやろう」
美しい声で獣と化したパージャを放ち、暴挙を許されたパージャが地面に膝をついているナイナーダに、手にしていた短剣を上から走らせた。
凄まじい早さと凄まじい力でナイナーダの脳天を砕きに向かうパージャに、ナイナーダが腹を押さえたままぎりぎりで逃れる。
パージャは腕ごと短剣を大地にめり込ませたが、尋常ではないスピードですぐに体を起こしてさらにナイナーダへと向かった。
何度も獣のような咆哮を上げ、逃れるために後ろに下がるナイナーダを追い詰めていく。
時間にすれば数秒かかっただろうか。ナイナーダが襲われはじめてからようやく身動きを思い出した他の魔術兵団達が、パージャの動きを封じに向かった。
たった一人を相手に、十人が。
その隣をまるで危険を感じさせずに、ファントムがニコル達に近付いて。
正確には、ニコルとルードヴィッヒが脇を固めるエレッテに向かっているのだろうが。
「…パージャはいい、戦闘体勢のまま陣形を崩さず待機を。魔術師は結界を張っておけ」
近付くファントムが向かう先にいるエレッテへの道筋を邪魔するようにニコル達の前にコウェルズが立ちはだかり、その周りをフレイムローズ達援軍が固める。
ガウェは空から、ファントムを睨み付けながらもコウェルズの命に従った。
「ニコル、ルードヴィッヒ、君達は何があろうが彼女を手放すな」
初めは力を使いすぎて倒れたエレッテを庇っただけだった二人の手が、コウェルズの命により別の意味を持つ。
ルードヴィッヒは強張り、ニコルは。
ニコルはファントムから目を逸らせないまま。
「…ファントム」
エレッテが口にする名前に援軍達の気配がぴりついた。
彼らはリーンを介してファントム捜索の為に選りすぐられた者ばかりで、それが早々にファントムを目の前にして。
「そちらの娘を返してもらおうか。私の大切な分身なんだ」
優雅な笑みを絶さないファントムは剣も何も持たないままエレッテを求める。
その背後ではパージャ一人を相手にした魔術兵団達の戦闘が繰り広げられており、穏やかなファントムを妖しくおぞましく彩っていた。
「…リーンを今すぐ返していただけるなら…考えましょう」
ファントムと対峙したコウェルズは神経を尖らせながらもファントムの要望には答えられないことを告げる。