エル・フェアリア2

□第54話
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−−−−−


「−−い、おい!」

どこか遠くの方で声が聞こえる。

聞き慣れない男の声だ。

がなる様子は仲間のウインドによく似ているが、ウインドのような若さはその声にはない。そしてファントムのような美声でもない。

「起きろ!生きてんだろ!!」

声の主は切羽詰まったように何度も呼びかけてくるが、身体を揺さぶりはしなかった。

「パージャ!!」

分け与えられた名前から少しだけ形を変えた今の彼の名前を呼んで。

目を開いたパージャは、自分が俯せた状態で大地に身を預けている状況を、どこか他人事のように理解した。

頬に湿った土の感触。

ソリッドとアエルを連れて、がむしゃらに逃げて。

逃げて。

結局、逃げてしまった。

ミュズの幸せを壊した償いをさせると豪語しておきながら、尻尾を巻いて。

「おい!」

「…聞こえてる…」

ソリッドの声とは正反対に、自分の声はかすれて弱々しかった。

動こうと身じろぎして、だが背中に激痛が走り歯を食い縛る。

「…剣…抜いて」

腰にまだあの短剣が刺さったままだと気付いて、パージャは小さな声で願った。

痛みが激しすぎて、自分ではどうすることも出来ない。

朦朧とする意識を何とか留めている状況の中で、

「っぐ…」

刺された箇所から全身に電撃のような痛みが走り、そして少しだけ楽になった。

抜いたのはソリッドだろうか。

パージャの顔のすぐ隣に腰を下ろして、投げ捨てるように短剣がパージャの目前に置かれる。

まだ辺りは暗くて、星の瞬きだけでは全てを理解できない。

パージャはわずかに魔力を放つと、たった一輪の小さな花を大地から咲かせた。

生体魔具は淡く発光し、わずかに辺りを照らす。

そしてパージャの目前に置かれた短剣が、まだソリッドの手首に握られたままなのだとわかった。

魔術兵団に切り取られた、節くれ立つ男の手。

「あんたの手…治してくれる奴を知ってるから、大切にしてなよ」

声はもはや囁きへと変わっていた。

「何言ってやがんだ。落ちたもんをくっつけようってのか」

「…それができる奴を知ってる。一人は王城に…もう一人は…俺の仲間だ。アエルの傷も、治してくれる」

治癒魔術師ならば。

王城にはアリアが、ファントムの元にはガイアがいる。

ソリッドとアエルは巻き込まれてしまった。なら、巻き込まれたことを利用すればいい。

「おまえな、今は自分の心配をしてろ」

だがソリッドは、自分達だけでなくパージャの心配もしてくれる。

「動かして平気か?傷はどうすりゃいい」

未だに新しい痛みを伴って血を流す右肩と腰の傷をどうにかしようとする姿に、パージャは力なく笑った。

「いい。このままで…どうせ、死ねないから」

死んでしまえば魔術兵団達にとっても意味がないのだから。

疲れきった身体は睡魔と空腹を同時に告げてきて、膨大な魔力を消費したのだと気付く。

だがまだ眠ることは出来ない。少し何か食べられたらいいが、それも絶望的だろう。

「…アエルは?」

眠らないように頭を働かせようと会話を望むパージャの傷のない肩に、そっと弱々しい手が触れる。

それがアエルだと、数秒経ってから気付いた。

無事だったのか。ならよかった。

この寒い中で彼女は一糸纏わぬ姿のはずで、無理をして目を向ければ、ソリッドが上着を譲った後だった。

「ごめんな…巻き込んで」

謝罪すれば、言葉の代わりに肩を撫でられる。

アエルも話すことがつらいほど疲弊している様子だ。

無理もないだろう。

彼女がいつから囚われていたのかは知らないが、ナイナーダと共にいたのだから。

全身に広がる痣は、アエルがどれだけ苦しめられたかを物語っていた。

その傷も、癒してもらえたらいいが。

ガイアでも、この際アリアでも構わない。

だがアリアに耐えられるだろうか。


 
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