エル・フェアリア2
□第49話
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第49話
幼い頃は、母親に手を引かれていたはずだ。
かすかに残る記憶がそう告げる。あの人は確かに母親だった。
闇色の髪のせいで周りからは奇妙なものを見るような目で見られ続けた。
エレッテ自身もそうだった。自分が奇妙でならなかった。
淡い髪の色ばかりの世の中でなぜ自分だけが闇色をしているのか。
エレッテの手を引いていた女を母親だと思っていたのは、事あるごとに殴られ蹴られ、お前なんて産まれてこなければよかったと言われ続けたからだ。
父親に当たる人物はいなかった。
なぜいないのかも当時はわからなかった。
疎まれ続けても母親の側を離れられずにいて、しかしいつの間にか売られていた。
いつ売られたかはわからない。
気付いたら小屋の中だった。
奇妙な見た目と奇妙な身体。
傷つけられてもすぐに綺麗に治る身体は格好の見世物だった。
切り刻まれて抉られて。
自分の悲鳴が耳に焼き付いて離れなかった。
そしてまたいつの間にか別の場所にいて。
小汚なかった小屋とは正反対の豪華な屋敷と、優しそうな老主人。
綺麗なドレスを着せられて、今までのエレッテの暮らしがいかに悲惨で可哀想なものだったかを教えられて。
老主人は幼子に欲望を向けることがどれほど酷いことかを優しく教えた上で、その後に本能を剥き出しにしてエレッテを欲望のままに痛め付けた。
その為だけに引き取られたのだと気付くにはまだ若すぎる年頃だった。
そしてまたどこかに追いやられて。
ようやく自分の置かれた状況を理解する頃には既に、エレッテの臆病な性格は完成してしまっていた。
どこかの傭兵部隊の慰め者として。
誰かの負の捌け口として。
エレッテに許されたのは怯えることと謝罪の言葉だけだった。
そうして過ごす日々の中で、いつの間にか一人の少年と出会っていた。
いつ、どう出会ったのかわからない。彼もそうだと口にする。
エレッテがウインドと出会ったのは、本当に“いつの間にか”だった。
同じ闇色の髪と瞳。
同じように傷の残らない身体。
エレッテの仕事が傭兵達の慰み者なら、ウインドは囮だった。
闇色の髪はどう見てもエル・フェアリアの民には見えない。ウインドはそれを生かして敵兵に近付き、内側を脆くさせて。
傭兵達は、ウインドごと敵の陣地を崩せばいい。
そうやって、エレッテのいた傭兵部隊は勝ち残ってきた。
エレッテも時折囮として使われ、傭兵達の仕事が落ち着けば慰み者にされ。
事が済んで放置されるわずかな時間に、ウインドは傭兵達の目を盗んでエレッテの側にいてくれた。
同じ見た目に同じ奇妙な身体を持っていたからこそ、二人の間には妙な絆が生まれていた。
暴力の蔓延る世界に産まれ育ったウインドも暴力的ではあったが、エレッテに暴力を振るう事は無かった。
ウインドなりに大切にしてくれる。
エレッテが当時安心できたのは、ウインドの側だけだった。
−−ほんとうに?
ふと誰かがそう問いかける。
明かりの見えない闇の中、響き渡るのは悲しみに沈む少女の声だ。
−−ほんとうに?
本当に。
安心できた場所は、ウインドの側だけだったか。
何か、大切なことを忘れてはいないだろうか。
消し去りたい過去の中にも、大切な温もりは存在しなかったか。
残虐なだけの過去ではなかったはずだ。
温もりを与えられたはずだ。
−−ガキならガキらしく寝てろ
暖かい男の声が突然聞こえると同時に。
「…ぅ」
しかし暗闇の夢から目覚めたエレッテは、夢の内容の大半を忘れてしまっていた。
−−−−−