エル・フェアリア2

□第46話
1ページ/16ページ


第46話


首に絡み付いた細い指は女のものだった。

ひやりと心地好く冷たい、実在するなら力など無かろう華奢な指先は、有り得ないほどに強い力でニコルの首を締め付けた。

見えたのは肘からの白い両の腕。

第五姫フェントは虹色の髪の女を見たと。

数年前にコウェルズ達が好奇心から幽棲の間に侵入した時は、恐怖を感じはしたが姿形は一切見えなかったそうだが。

エル・フェアリア王家以外には感じ取ることも出来ない何かが、幽棲の間に通じる道に確かにいた。

そしてそれは、ニコルを殺すつもりで。

−−…何故?

何故あの苦しい感覚を、懐かしく思ったんだ?




幽棲の間に通じる地下階段で起きた不気味な一件はすぐにコウェルズ達の耳に入ることになり、医務室に連れていかれたニコルは診察を受けながら何があったのかを話すこととなった。

鍵を開けることもなく突如開いた地下階段の扉、ニコルの首を絞めた謎の女、ニコルが女から離された途端に、まるで閉じ込めようとするかのように勝手に閉じた扉。

ヴァルツの絡繰りが無ければ、ニコル達は幽棲の間と地上を繋ぐ地下階段に閉じ込められただろう。

ニコルの身体は軽度ではあるが全身打撲の状態で、医師達にアリアを呼んでくるとは言われたが、ニコルはそれを拒んだ。

フェントは簡単に話を聞き出された後にすぐに部屋で休ませられ、ヴァルツもミモザと共に部屋に戻された。

フェント姫付きであるウィーフとメイゼルは他の騎士と護衛を代わり、ニコルと共に当時の状況を詳しく話し。

ようやく解放された時には既に空は明るみ始めていたが、あまりの出来事に興奮状態となった身体は冷めることがなく、疲れはあっても睡魔は訪れなかった。

今日も外に出掛ける用事があったのでその時に支障が出る可能性はあったが、ニコルは休むことはせずに朝食を取ろうと兵舎外周棟へと向かう。

明け方は食堂に人がいない時間帯で、ニコルはじくじくと痛む身体を労りながらゆっくりと歩いた。

絞められた首はもう痛みはしないが、腕から足から、地下から逃げるために打ち付けた全身は動く度にどこかしらが鈍く痛む。

助ける為だったとはいえ、ヴァルツの絡繰りは本当に容赦なくニコルを階段の段差にぶつけながらかけ上がったのだ。

あの時は何も思わなかったが、今思うと自分より大きな獅子に咥えられるなど恐怖しか感じない。

それでも助けられた身なので文句などは存在しないが。

次にヴァルツに会ったら感謝しなければと考えながら立ち寄った食堂で、意外な組み合わせの二人を見つけてニコルは思わず立ち尽くしてしまった。

「−−…」

レイトルとミシェルが向かい合いながら、既に食べ終えたらしい空の食器を端に追いやって何かを話し合っていたのだ。

立ち尽くしていたニコルに先に目を向けたのはレイトルで、すぐにミシェルも顔を上げて。

「…幽棲の間で何かあったらしいね。大丈夫かい?」

近付けば、レイトルの耳にも幽棲の間の件が簡単に知らされたらしく、アリアの話題を逸らすように微笑まれた。

「…ああ。大したことじゃない」

目に見えない女に首を絞められたなど、端から聞けば嘘のような怪談話だ。あまり話したくなかったのではぐらかせば、それ以上は訊ねずにいてくれて助かった。

「今から朝食か?」

「はい。お二人は見ての通りですか?」

「ああ」

ミシェルは普段通りの落ち着いた微笑みを浮かべたままで、食べ終えた食器を指先で弾く。そしてすぐにレイトルも口を開いて。

「今のアリアの護衛はセクトルとトリッシュだよ。アクセルとモーティシアもさっきまでここにいたんだけど、ニコルとはタッチの差かな…礼装の件はとりあえず二団長に伝えておいたから」

「…助かる」

盗まれた事になった礼装の件だが、クルーガーとリナトならニコルが真実を告げておけば問題無いだろう。そういえばフレイムローズにも話しておかなければならなかったことを思い出して居場所を脳内で探すニコルに、

「私達は二人でアリアに新しいドレスをプレゼントしようかと考えていた所なんだ」

ミシェルは笑みもそのままにレイトルと二人で残った理由を告げた。

恋敵同士のレイトルとミシェルが二人でいるなど珍しいとはニコルも思ったが、その理由に一瞬呆けてしまう。

 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ