エル・フェアリア2
□第45話
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アリアとガブリエルが鉢合わせしてしまったら。
ジュエルはアリアと仲良くしたいと思ってはいるが、家族である姉を嫌うことも出来ないはずで。
「時間的にもお姉様が戻られるのはすぐなんです…なので」
出来るならガブリエルが戻らないうちに。
しかし無情にもジュエルの願いが潰えた瞬間を、彼女の表情から知ってしまった。
「あら、ジュエルったら。手が早いのね」
レイトルとアクセルが背中を向けていた通路から聞こえてきたのは高慢な女の声で、幼い恋心を相手のいる前で笑われたせいか、ジュエルは恥辱を受けたように顔を真っ赤にして俯いてしまう。
冗談で言ったにせよ、手が早いなど。
「こんばんは、レイトル様。ジュエルとどんなお話を?」
侍女でありながら姫と見紛うほど美しい藍のドレスを纏うガブリエルは、背後に付き人の二人を従えてレイトルだけに話しかけた。
下位貴族であるアクセルは完全に眼中に入っていない様子だ。
簡素な薄藍色のドレスを纏う付き人は二人共俯いているが、一人はニコルに変質的な恋愛感情を抱くイニスで、もう一人は見たことのない娘だった。
「いえ。我々は治癒魔術師の護衛でこちらに」
卑怯なものに、こそこそと隠れ逃れるつもりはない。
レイトルはガブリエルに向き直りながらアリアの為にいることを告げれば、隣でアクセルと、背中側となったジュエルが息を飲む様子に気付いた。
何があってもアリアは守ってみせるとガブリエルと対峙するように見据えるレイトルの前で、ガブリエルはまるで望んでいたかのように口元を笑みの形に変える。
「こんな時間なのに大変ですのね。お可哀想に…」
可哀想。
それはレイトルがこの世で最も嫌う言葉だった。
考えないようにしても瞳は鋭くなってしまう。
「何かご用でも?」
「あら、用がなければ話しかけてはいけませんの?」
「私達は護衛中の身ですからね」
仕事の邪魔をするなと暗に告げても、ガブリエルにはどこ吹く風だ。
レイトル達を見つけた時点でガブリエルはアリアがいることにも気付いたはずで、アリアに何かしでかすつもりなのだろう。
「ずっと拘束されていますものね…ゆっくりと落ち着ける時間が無いなんて酷いですわね」
世間話の体を装いながら、アリアが出てくるのを心待ちにしながら、アリアを蔑む。
「…お心遣い感謝します。ですがご安心を。アリアの平穏な姿を見られるだけで私共は安心して心を落ち着かせられますので」
あからさまにガブリエルを非難する言葉は使えない中で、アリアの為に言葉を選ぶ。
胸中穏やかでないのはレイトルよりジュエルだろうが、まだ幼いジュエルには姉を連れてどこかに向かうなり部屋に戻るなりといった強引な手段はまだ出来ない様子だった。
「何でしたら私から進言して差し上げましょうか?治癒魔術師の護衛にここまで力を使う必要は御座いませんでしょう?」
「アリアはこの国で王家に次ぐ重要な存在です!勝手な判断はやめてください!」
上位貴族の出自であることを鼻にかけた危ない発言には、アクセルが目を見開いて怒りを見せた。
ぴりつく場では基本的におろおろと弱い立場に回ってしまいがちなアクセルが強い口調で責めるが、下位貴族というだけでガブリエルには完全に流されてしまう。
だがモーティシアやトリッシュが口を開くよりはましだったろう。
ガブリエルの発言を堂々と馬鹿にする二人がガブリエルに口を開いてしまったら、下手をすると御鉢は全てアリアに回る。
ガブリエルはアクセルをまるで汚れでも見るかのように一瞥しただけで、すぐに視線をレイトルに戻した。
ここまであからさまな差別を受けたことが無かったのか、アクセルはそれだけで言葉を詰まらせてしまう。
そして悪いことは続くもので。
小さな音を響かせて、大きな扉が開かれる。
力の弱い侍女達でも簡単に開けられるよう見た目の割りには軽く作られた扉から姿を見せたのは、ニコルとよく似た銀の髪を艶やかに濡らしたアリアだった。
「あ…」
最初はジュエルを目にして微笑もうとするが、ガブリエルもいることに気付きアリアは固まって。
「アリア。忘れ物は無い?」
レイトルはすぐに動いた。
アリアの肩を軽く引き寄せれば、ジュエルの瞳が悲しそうに揺れてしまう。
それでもレイトルはジュエルを気にするつもりはなくて。
「…はい。大丈夫です」
「じゃあ行こうか」
アクセルにも合図を送り、兵舎内周に戻る為に通路を進む。