エル・フェアリア2

□第43話
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第43話


 同室の彼が自室の扉を開いたのは、空が明るみ始めた明け方の事だった。
 レイトルはすでに目覚めてはいたが、アリアの護衛の為に上階にいるはずのセクトルが訪れたことに驚き首をかしげる。
「どうした?」
「兄貴から来た」
 兄貴とは言葉そのままにセクトルの兄のことだ。セクトルを介した頼み事の調査結果が来たということか。
 セクトルの頭の上にはセクトルを舐めきっている中型の青い伝達鳥が留まるが、手紙はすでにセクトルの手中だ。
 じきに護衛の交代の時間なので、セクトルと共に護衛にいるトリッシュが融通を利かせたのだろう。
 アリアは王族付き以上の階級の騎士達が集まる兵舎内周棟に部屋を設けられたので、アリアが自室にいる際は自分達もいるからひどく警備を強化する必要など無いとは、同棟に部屋を持つ野郎共の頼もしく有り難い言葉だ。
 実力者ばかりであることは認めるが女好きも多いので完全に任せる訳にはいかないが、誰か一人警護に立っていればすぐに交代になるなら大丈夫だろう。
 セクトルが手紙の内容を棒読みで話し、読み終わると同時にちらりとレイトルに目を向ける。
 レイトルは自分のベッドに腰を下ろして静かに聞いていたが。
「…ガードナーロッドが絡んでる?」
「可能性の段階だが…」
 セクトルと目が合うと同時に訊ねたのは、手紙の中に記された物騒な家名だ。
 ガードナーロッド。
 アリアの元婚約者を調べてもらっていただけのはずが、なぜその家名が現れるのか。
「兄貴が調べた中にあったんだってよ。ケイフって男、下位貴族のシーナとかいう女と恋仲だったらしい。だが女の両親は平民との恋愛を許してなかった。それが最近、数年越しの恋愛を経て二人は祝福されて結婚したんだ。ガブリエル嬢は二人の味方になってたみたいだな」
 手紙に書かれていたのは、アリアの元婚約者の男であるケイフには下位貴族の恋人がいたという内容だ。
 シーナ・スルーシア。
 スルーシア家といえば、下位貴族の中でさらに最下級に近い階級で、場合によっては平民の方が金を持っているだろうほど貧しい名ばかりの貴族だ。
 ケイフはアリアと出会う前からシーナと恋仲にあった。
 しかしスルーシア家はシーナを何とか上階級の貴族と結婚させたかったのだろう。
 二人の結婚は許されなかった。
 そこにガードナーロッド家のガブリエルが仲人的な立場をとって介入した。
 ガブリエルが介入した時期に、アリアはケイフと出会っている。
「…二人を結婚させる為にアリアを使った?どうして」
「忘れたのか?ガブリエル嬢はニコルにフラれてんだぜ?」
「…まさか腹いせにアリアを?」
 スルーシア家は二人の結婚を機にガードナーロッド家との太い繋がりを手に入れた。
 スルーシア家からすれば最高の事態だろう。ガードナーロッドには痛くも痒くもない。そしてガブリエルからすれば。
「無いとは言い切れないだろ。ニコルを傷付ける為にアリアを傷付けるなんて、ガブリエル嬢には朝飯前だ」
 ニコルにフラれた腹いせに、アリアを。
 ニコルが最も苦しむ方法がニコルでなくアリアを苦しめる事だと気付いて。
「兄貴はまだ調べてくれるらしいけど、大方そんな所だろう」
「フラれたからって…普通そこまでするか?…婚期の終わりまで引っ張るなんて」
 ケイフとシーナから見ても長い道程だったろう。
 辺境に産まれた貧民の娘の婚期が終わるまで引き離されたのなら。
 全てはガブリエルの勝手な溜飲を下げさせる為だけに。
「プライドを傷つけられたんなら有り得るだろ」
 出会ったのが六年前、婚約はその一年後で、婚約期間は五年間。
 アリアはそう言っていた。
 その間にアリアは父を失っている。
「お前も、ジュエル嬢に告白されたら恨まれないように断れよ?またアリアに回ったら救いようが無いぜ」
「…わかっているよ」
 ガードナーロッドの三女であるジュエルがレイトルに片想いしていることはレイトルもセクトルも理解済みだ。
 最近はジュエルの性格は軟化して、レイトルに憧れの眼差しは向けるがどうこうなりたいようには見えないが、姉が絡む可能性は拭い去れない。
 頭の痛くなりそうな事態に、レイトルは静かに俯いた。
 アリアの涙を止めたくて元婚約者の事を探ったというのに、出てきたのは虚しい事実だ。
 どうしたものかと額を押さえる間にも、セクトルは新しい手紙にさらさらと何かを書いて頭上を陣取る伝達鳥を下ろし、仕事を放棄しようと嫌がる伝達鳥の足の筒に何とか手紙を捩じ込んでいる。

 
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