エル・フェアリア2

□第41話
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第41話

 ニコルが王城二階の宝物庫に訪れたのは、夜も深まる時間帯だった。
 アリアの護衛を当分抜ける自分の代わりに、ミモザの王族付きであるミシェル・ガードナーロッドを借りられないかとミモザと護衛隊長に願い出たのが少し前で、コウェルズから宝物庫の入室許可を得たのがその後だ。
 宝物庫にはエル・フェアリアの古代文献から近代文献までほとんどが残されており、ニコルはファントムであるロスト・ロードの暗殺の件について、ここを拠点として洗い直すことになっている。
 なぜロスト・ロードが暗殺されたことになったのか。
 そこから彼がなぜファントムとなってしまったのかを。
 息子という立場にあるニコルが、その謎を。
 勿論44年前の事件など全て浮き彫りになど出来るわけもないので、コウェルズからは気楽に構えてくれていいとは言われているが、気楽にとは言われてもそちらの方がニコルには難しかった。
 アリアには結局顔を見せずに逃げて、抱いてはいけない思いを消し去るように目の前の任務に没頭する。
 あらゆる宝具宝物の納められた宝物庫は確かに広いが物に溢れてせせこましい。
 その最奥の大量の文献が壁一面に納められた場所で、ニコルはとりあえずの近代文献をいくつか引っ張り出して机に並べた。
 うまい具合にエル・フェアリアの歴史の流れにそって文献も並べられているので探すこと自体は手間にはならなかったが、近代文献とはいえ古いものなので、扱いには充分に注意しなければならない。
 ちょっとくらい破れても平気だからとはコウェルズの言葉だが、もし少しだろうが傷付けようものなら鬼の首を取るかのように嬉々としてニコルを絡め取ろうとすることくらい容易に想像がついた。
 一人で使うには大きすぎるテーブルの端に取りあえず三冊ほど積んで、最初の一冊を丁寧に広げて。他に用意したのは、メモ用の紙とペンくらいだ。
 魔力によって照らし出す明かりは薄暗いが、文字を読むには充分事足りる。
 ニコルが最初に開いた文献は、今から72年も前に起きた出来事が記された時の詩人の詩だった。

「…………」


−−今から−−年前。

 エル・フェアリア始まって以来と謳われるほどの魔力を備えた王子は産声を上げた。

 ロード・ホーリーネス・エル・フェアリア・クリムゾンナーシサスと名付けられた王子は、賢者を唸らせるほどの聡明な性格と、神ですら目を眩ませる美貌を持ち、しかし自身に傲ることなく民に愛され成長された。

 成人を迎える前からロード王子の活躍は目覚ましく、大戦の世の中であるにも関わらず頭角を表したロード王子を前に多くの国々が膝をついた。

 王都を中心に円を描くように存在したエル・フェアリアは瞬く間に国土を拡大し、これもまたロード王子の活躍により土地は縺れることなく着実にエル・フェアリア領土として機能していく−−


 詩人の詩はこれでもかというほどに王子を持ち上げており、ニコルは父親への豪華すぎる賛美に苦虫を噛み潰したような表情になりながら、同時期に書かれた別の文献も開いて目を走らせた。
 だが書かれている内容はまるで同じだ。
 言葉の選び方や使い方は違うが、どこもかしこもロード王子の賛美に溢れている。
 仕方無く先に進む為に最初の文献に戻り、ニコルはさらに父の過去を読み進めた。


−−転機が訪れたのはロード王子が17歳になったばかりの頃だった。

 王妃が亡くなられて数年が経ち、図ったかのように現れる後妻。

 二人目の王妃はすでに子供を身籠っていたのだ−−


…デルグ様か
 このくだりは文献を読まずともニコルは知っていた。
 エル・フェアリアに住む者の大半は知っているだろう。
 コウェルズ王子や七姫達の父親であるデルグ王。
 今は前王と言うべきなのだろう。
 まだ公表はされてはいないが、デルグ王はすでにこの世にはいない。
 他ならぬコウェルズが討ったのだから。


−−ロード王子の美しさを前に、誰もが期待を寄せた第二王子はしかし、全てにおいて凡庸であった。

 ロード王子はわずか7歳にして国政の一端を担ったが、第二王子は7歳になっても平凡なまま。

 それはごく普通の当たり前の事であったが、王妃はロード王子に逆恨みの感情を抱いた−−

 
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