いにしえほし
□第11話
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第11話
白い半透明の体をした男。
それはそらの亡骸から煙のように浮かび上がり、中庭の中央に出現する。
「礼を言おうぞ…末期の王よ」
半透明の男は悠然と微笑みながらクロードに目を向けて、そして辺りの状況を楽しむように1人1人に目を向け始めた。
「…いや」
その中で、最後に目を向けられたリオが、震えた声を発する。
「…いやぁ」
すがるようにオズに体を預けて、見えないはずの瞳で、男を確認したように。
誰もが声を上げない異様な状況の中で、リオだけが。
恐怖に引きつるリオとは正反対に、男は愛しむように優しい笑みを浮かべ。
「待ちわびたぞ、我が姫…」
「いやああぁっ!!」
伸ばされる腕を拒絶するようにリオが叫ぶと同時に、白神殿が光の糸を蠢く生命体のように大量に生み出し、リオを被った。
「リオ!!」
リオが完全に光の糸に包まれる寸前に、オズは繋いだリオの手を頼りに彼女を抱き締める。
そうすれば光の糸はオズも認識して、2人を完全に被い隠してしまった。
「−−逃がさぬ!!」
突然の出来事を前に半透明の男はすぐに光の糸に目掛けて白い霧を向けるが、強烈な輝きを前に呆気なく散らされてしまう。
「…まだ完全に力が戻らぬか」
忌々しげに呟き、諦めたように腕を下ろし。
オズとリオを包み込んだ光の糸が、大地に溶け込むように消え去っていく。
白く輝く水溜まり。そこに最後の雫を落としたように波紋が広がり、やがて光の糸は完全に消滅してしまった。
オズとリオを拐ったまま。
「…」
跡形もなくなる2人を、状況を理解しているらしい半透明の男以外誰もが呆然と眺めることしか出来なかった。
その中ですぐに我に返るのはルトだ。
捕らえたファルナラと気絶したももを抱き抱えて、白神殿の壁に背中を合わせる。
すぐに開く通路にルトは身を踊らせるが、
「その娘は逃がさぬぞ?」
半透明の男は先ほどと同じ霧をルトに向けて放ち、ももを引き剥がした。
「あぁ!!」
奪われるももを守ろうとファルナラが手を伸ばすから、已む無くルトはファルナラも手放し、開けた通路に1人消え去る。
中庭に残されるのは、ももを抱き締めるファルナラと、クロード達6人、そして半透明の男。
喪失師達3名は、状況を理解出来ずに固まることしか出来ず、リスクも静かに中心部から離れる。
クロードもわずかに離れて、突如現れた半透明の男に最も近いのはレスカとなった。
「ほう…これは有り難い。体が見つかるまでの器も用意しておったか」
意思の疎通能力を持つレスカが、うやうやしく頭を下げて、我が身を晒す。
レスカに向けて男は半透明の体を霧状に変化させ、静かにレスカを被い尽くした。
その霧はレスカの体を侵食し、全てが体内に入り込めば。
「−−ふむ…悪くはない」
姿はレスカのまま。
その口調は、半透明の男のものへと変わる。
アキト、ハルカ、ナツキはレスカの様子の変化に驚き、リスクはさらに一歩離れる。
「重ね重ね感謝しよう。末期の王よ」
「…お前が“願いの花”か」
「リコリスという名がある。そちらで呼ぶといい」
クロードはやや警戒した面持ちで、レスカの体を手に入れたリコリスを見据える。
リコリスは体を馴染ませるように腕を伸ばし、肩を回し、悠然とした微笑みを絶やさないままファルナラの元へ歩いた。
「…ぁ」
ファルナラはももを抱き締めたままリコリスを警戒し、怯えながらも健気に睨み付けるが。
「ふむ、これが末期の王の願う娘か」
リコリスは片膝を付くとファルナラの顎をつまみ上向かせる。
すぐにファルナラは顔を振って指から逃げるが、リコリスの狙いはファルナラではない様子だった。
ファルナラの腕の中からももを取り上げる。
「ああ!」
「安心しろ。まだ殺さぬわ」
叫ぶファルナラからいとも簡単にももを取り上げ、腕に抱き上げる。
ファルナラはすぐにリコリスに飛びかかるが、リコリスはその体を掴んでクロードの方へと押し倒した。
クロードはすぐにファルナラを抱き寄せ、なおも奪われたももに向かおうとするファルナラを押さえつける。
「我が姫には逃げられたが、我もまだ本体ではないからな…本体の鍵を手に入れただけで充分としておこう」
さあ、どうする?
気絶したままのももの頭を優しく撫でながら、リコリスは問いかける。
問いかける先にいるのは勿論クロードだ。
ファルナラと、願いの花の両方を手に入れたのだから。
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