いにしえほし
□第10話
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「−−陛下!扉が!!」
その言葉を聞くまでもなく、クロードは目前に現れた巨大な扉に目を見開いた。
破滅の乙女と思われる娘とその従者に、周りの喪失師達の力を自分の力に変換させて膨大な量の鎖で白神殿ごと潰し殺そうとしたが、不思議な力に阻まれて屋上にいた2人には傷ひとつ負わせる事は出来なかった。
己の限界ぎりぎりまで力を遣った体は軋むような悲鳴を上げたが、突如色褪せた白神殿に筋肉の痛みを忘れた。
どういうことだ?
何が起きたのかわからない。
だが小さな窓1つ無かった純白の棟は、大きさこそ変わらないが今や扉と窓がいくつも存在するありふれた古い棟に変わっていた。
中で何かあったのか、それとも罠か。
「…」
どうする?
侵入するか否かに思考を巡らせようとしたその瞬間、クロードのすぐ側にいた大柄な喪失師の青年が許可もなく勝手に棟の中に足を踏み込んだ。
「アキト!」
「アキト何やってんだ!」
青年に続き、2人の喪失師も。
水、火、土を操るこの3人の喪失師にはもう1人、風を操るミフユという娘の喪失師が仲間にいた。
だが破滅の乙女の従者がミフユを殺した。
破滅の乙女達もどうやら風を操るらしく、ミフユよりも力があったのだろう。
弔い合戦に向かうつもりか。
まだクロードが喪失師達の力を制御している状況で。
「…レスカ、リスク。来い。後の者達は神殿の監視だ」
第三都市兵団の過半数は破滅の乙女の存在に恐れ、未だに陣形を取り戻せずにいる。しかし喪失師達は元々破滅の乙女との戦闘の為に選りすぐった精鋭達だ。
特に勝手に棟内に侵入した3人は実力は部隊内でも上位に位置する。
棟内がどれほどの広さかはわからないが、あまり多い数を連れて入れば同士討ちの可能性も出てくる為にそう命じて、クロードも棟内に足を踏み込んだ。
レスカとリスクも後に続いた事を確認してから最初に入り込んだ3人を呼び止めれば、構わず進もうとするアキトを2人が止める。
「二手に分かれる。アキト、お前はこちら側だ。レスカ、向こうに加われ」
クロードの命令を受けてレスカは素直に離れるが、アキトは苛立ちを隠せない様子だった。
それほど大切な娘だったのか。
クロードがファルナラを思うように。
「…破滅の乙女の従者と遭遇したらお前に任せてやる。ただし今は殺すな」
仇は討たせてやると約束し、レスカ達には中庭にあるはずの願いの花を見つけ出すよう命じる。
「!?」
棟内が揺れたのは、分かれて歩き始めようとした時だった。
揺れといっても微振動で、警戒するように足を止めれば白光する糸が無数に現れて褪せた棟を侵食し、みるみるうちに全てを純白に包み込んだ。
それ以外に何があるわけでもなく、ただ白く。
「…白神殿」
呟いたのは誰か。
その名に相応しい白さを持つ広間に囲まれて、クロード達は息を飲む。
遠近もまるでわからない。気を抜けば足場すらわからなくなりそうなほどに白い世界だった。
やはり罠だったか。そう考えて、しかし侵入したならこちらのものだと考えを改める。
だがどうやってこの広間から脱出するか。
クロードは仕方無く喪失師達の力を解放し、各々に攻撃をさせてみた。
白い壁に向けて炎と水の渦が放たれてぶつかるが、熱波がクロード達にも降りかかるだけで何も変化がない。
室内なので土を操るアキトの力は通じず、クロードもまだ先ほどの後遺症で筋肉が痛んでいる。
レスカとリスクは喪失師ではなく術者である為に攻撃型の力は持っていない。
さあ、どうするべきか。
苛立ちに苛まれそうになる頭を冷静にする為に溜め息をつき、クロードは壁に手をついた。
白い壁だ。繋ぎ目すら見当たらない。
だがわずかの間ではあったが白神殿はただの棟に変わっていた。
ただの棟だった時は簡単に入り込めて、白神殿の力は機能していない様子で。
白神殿は、中に入ることだけを望めば足を踏み込める。
「…難しいな」
まるで意味のわからないパズルだ。
クロードが壁を指先でなぞりながら広間を歩いていると、苛立ったようにアキトが壁に向かっていった。
「ふざけんなっ!あいつをぶち殺さねえと俺の気が済まねえんだよ!!」
怒りに我を忘れるように壁を蹴りつけたと、誰もがそう見えていたはずだ。
なのに。
「−−−!?」
アキトが蹴りつけた先に、壁は無かった。