いにしえほし
□第10話
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第10話
純白は色褪せ、くすんだ世界が広がる。
その理由を知らないままでいられる人生を送れたら、きっと幸せだった。
白神殿の中庭で自分達と同じ大きさの白い彼岸の花に身を寄せながら、そらとももは肩を縮こまらせて手を握り合う。
不安と恐怖に苛まれながら褪せた白神殿の壁に目を向けて、そうなってしまった理由に顔をくしゃりと歪めて。
「…もも」
そらの呼びかける声は、涙に滲んでいた。
空を見上げていたももは、そらに目を移す。
そらはしっかり者で、考えなしのももと違って利口で、男の子で。
だから願いの花であるリコリスはそらを選んだのだと思っていた。
そのそらが、ももと同じように悲しみに暮れて空色の瞳に涙をいっぱい浮かべている。
「…そら」
ももも同じようにそらに呼びかける。
似た声。でもわずかに違う。
「できる?」
「…できるよ」
怖いけれど、やらなければ。
白神殿が色褪せた理由は。
「…おばあちゃん」
「…おばあちゃん」
白神殿の防御の要であるノーマが死んだからだ。
リコリスの前で、そらとももは互いを抱き締めあう。
幼いながらに精一杯の力で。
決心を揺るぎないものにする為に。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
互いの温もりを体に刻み込んで、互いにノーマへの別れの涙を流してからゆっくり離れて。
最後まで触れ合っていた指先を離してから、ももは静かに目を閉じた。
そらには見守ることしか出来ない。これは、ももにしか出来ない事なのだ。
大地を踏み締めるようにももは全身に力を込める。
閉じた瞳で探すのは、白神殿の白い脈だ。
探して、探して。
瞼に力を込めて無理矢理闇を作り出し、白光を探し出す。
万が一に備えて、あらかじめノーマから練習はさせられていた。
ノーマの死と共に大地に溶けた白神殿の力を、再び棟に浮き上がらせる為に。
「…見つけた!」
探し続けてようやく。
まだ深くまでは潜りきっていなかった白光する糸の脈を見つけ出して、ももは切実に呼びかけた。
お願いします。
ももを依り代に、再び地上に浮かび上がって。
願いの花を守る為に、防御壁となる力を。
何度も呼びかけて、ももは地下に潜ろうとする脈に手を伸ばす。
お願い。行かないで。
まだももの体は小さいけれど。
ももはそらのように力のある術者ではないけれど。
お願い。行かないで。ももの声を聞いて。
見捨てないで。
リコリスを守る為に。
「−−−−!」
「もも!!」
突然世界が強烈な白に満たされ、ももは閉じていた瞳を開いた。
同時に腰から下の感覚を失って力なく大地に倒れ込む。
「もも!もも!」
そらに起こされて、抱き寄せられて。
足は完全に動かなくなった。
代わりにももが得たものは。
「…6人…侵入された」
ももという依り代を手に入れて再び白神殿に純白が戻る。
今のももは棟内全ての様子を知ることが出来た。
広間で倒れ伏したノーマ、謎の鎖の固まり、リオとオズはこちらに向かっている。
ルトもふらりふらりと楽しむように歩いており、侵入を許してしまった6人は、再び白の戻った神殿内に困惑していた。
その6人の声も届く。
「…リコリスが狙われてる…おねえちゃんも」
侵入者達の狙いは願いの花とファルナラで、二手に分かれるとの会話が耳に響く。
「撹乱できる?」
「やってみる」
ももの中に入り込んだ白い脈の束に念じて侵入者達が神殿内をさ迷うようにしてと願うが、その領域に至るにはまだ早く、ももの力も少なすぎた。
「おねがい…」
手を握りしめて、切実に訴えかける。それでも白い脈はももの声を聞いてはくれない。
だが諦めずに懸命に願い続けた。
守らなければ。
白神殿の術者として、何としてでも。
「おねがい!」
孤児であるそらとももを育ててくれたお礼を。
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