いにしえほし
□第6話
2ページ/12ページ
ファルナラ。
彼女の為に、この白神殿を調べ続けていたというのに。
この中にあるはずの花。
それがあれば、ファルナラを。
「…ファルナラの意識は?」
とにかく早く見つけ出せとレスカに探させようとするが、申し訳なさそうに首を横に振ってみせる。
「人の数が多すぎます。ファルナラ様御自身が強く我々に語りかけない限り、捉えることは不可能です」
レスカの意思疏通の能力は相手に触れていればその胸中を探ることもレスカの意思を伝えることも可能だ。他にも強い意志を持つ者の意識ならば、相手に触れていなくても感じ取ることが出来る。
だがこうも人が多いと、濁流のように多く飛び交う意思の下でたった一人だけを探すなど不可能なのだ。
「無理でもやれ!早く見つけ出すんだ!」
消えたなど信じられるものか。
不可能だと理解していてもファルナラを探させるのは、それほどまでに彼女を愛しているからで、
−−あんたなんか嫌い
「っ…」
嫌な言葉を思い出してしまい、クロードはレスカから手を離した。
真正面から静かに浴びてしまった拒絶の言葉。
ファルナラの全てを愛しているのに。
「…何を見ている?」
その言葉を忘れるために、八つ当たりのようにクロードはルトに向き直った。
興味など無いとでも言いたげな眼差しを向けてくるルトに向かい、腰に帯刀していた短い宝剣を抜く。
辺りを歩く者達が驚くのも構わずに、クロードはルトの首筋に刃を当てた。
磨き抜かれた鋭利な刃に、ルトの首筋がわずかに裂けてプツプツと血の滴を浮かび上がらせる。
だというのにルトは顔色ひとつ変えなかった。
生死などどうでもいいとでも言うように、面倒そうにクロードを見下ろして。
「…“花”を探すだけなど許さん。ファルナラに何かあれば、その時点でお前を処刑してやろう」
昨夜ルトと交わした口約束。
白神殿内に存在するとされる花を見つけ出してクロードに差し出すならば、死刑囚としての罪を消して自由を与てやろうと。
ルトはそれに乗った。
ルトがファルナラを愛していないことは既に知っている。ルトさえいなくなれば、ファルナラは正常に戻るはずなのだ。
だがその約束はあくまでもファルナラありきで、ファルナラがいなくなってしまったら意味がない。
ルトが自由を手に入れる条件を変えれば、ルトは無表情だった口元をわずかに持ち上げて冷めた笑みを浮かべた。
「…何がおかしい」
今すぐ殺されてもおかしくない状況で、なぜ笑えるのか。
宝剣の刃をさらに強く首筋に当てれば、ルトは静かに口を開いて。
「あいつは既に心身共に衰弱しきっている。何もないなど有り得ないだろう」
ファルナラの現状を理解し尽くしているとでも言うように。
クロードよりもファルナラを知っているとでも言い出しそうな口調に、はらわたが煮えくり返る。
「自分がしたことを忘れたのか?ファルナラの体内ではお前の鎖が延々動き回っているんだ。並の人間なら、もう死んでいるだろうな」
「貴様ぁ!!」
「おやめください陛下!!」
クロードがファルナラに科した重すぎる罰を口にされて、カッと頭に血が上った。
レスカに止められるが、怒りは収まらない。
そもそもの発端はルトではないか。
この男さえいなければ、ファルナラは間違った思いを抱くことはなく、今のような可哀想な姿になることも、罰を科せられることもなかったのだ。
この男さえ。この悪魔さえ。
「貴様さえいなければ!!」
見て呉ればかり美しいだけの醜い男。
ファルナラがもっと内面を見られたなら、ルトなどを愛する事など無かったのだ。
男を見る目があると、ファルナラは自分を肯定していた。
何を馬鹿な。
見る目があるならクロードを選ぶはずだろう。
愛してくれない男などより、愛してくれる男を。
ファルナラを酷く扱うルトよりも、ファルナラを大切にしてやろうというクロードを。
ファルナラに科した罰は全てファルナラの為に行ったのだ。
ファルナラを正常に戻す為に。
クロードを目に映させる為に−−
「−−お前が父親を止めてさえいれば、ファルナラには出会わなかったさ」
クロードのかつての怠惰を語られて、思考が停止した。
四年前の悲劇。
その全貌をクロードは調べ尽くしている。