いにしえほし

□第6話
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第6話


リオが白神殿に足を踏み入れた瞬間。

その花は、歓喜するように震えた。

白く美しいリコリス。

死人花の別名に相応しい朧の姿は、純白の姿をしているというのにどこか恐ろしくもある。

円形の中庭の、さらに中央に唯一咲いたリコリスが願いの花と呼ばれている事を知る者は少なく、

願いの花となった所以を知る者は、もういない。


−−−−−


白神殿の結界の役割を果たすノーマが娘のジュリエルと会えなくなってしまったのは、今から18年前の事だった。

ノーマは大切な役目を身に受けたが為に白神殿からは出られず、足も動かない。

ジュリエルはノーマにとって愛しい娘であると共に、外の世界を語って聞かせてくれる窓だった。

優秀な先見の力を持ち、世界の行く末を眺め続けて。

白神殿にて、願いの花を守る役割を担いながら。

穏やかな毎日はずっと続くものだと思われた。

だが悲しい事件が待っていたのだ。

ジュリエルは白神殿に共にいた青年と恋慕う仲になっていた。

優しい愛を育みながら、白神殿に従事するものだとばかり思っていた。

だというのに。

ジュリエルは子を身籠り、健やかに十月十日をジュリエルの母胎で育ち産まれた赤子は、青年と共に白神殿の外に出た先で、何者かに奪われてしまった。

見つかったのは青年の無惨な遺体のみ。

最愛の夫を永遠に失い、産まれたばかりの乳呑み子まで行方不明となった。

ジュリエルが白神殿を出たのは当然の事のように思えた。

世界に名を轟かせるほどの術者であるジュリエルの赤子だ。その力は計り知れない。

ジュリエルは自らの力を悪用されることを怖れて森の奥深くに身を隠した。

そこで先見を続けながら、我が子を探し続けたのだ。

愛しい娘を救い出す為に。

ジュリエルの意識は白神殿に住まう術者の力を借りて、ノーマとも通じていた。

ジュリエルが先見で少しずつ見つけ出す我が子の軌跡をノーマが拾い、白神殿に従事する術者達と居場所を探す。

リオが産まれてジュリエルに拾われたのは、その時だ。

ジュリエルはリオを育てながら、我が子を探し続けた。

あらゆる人的災厄がジュリエルを襲い、赤子を探すノーマ達を襲い。

白神殿に残ったのは、白神殿から出られないノーマと、幼い双子のそらとももの二人だけとなった。

動けない事が歯痒い。

それでも、ノーマは待ち続けた。

時が来ることを。

ジュリエルはたった一瞬だが、先見で未来を見てくれていたのだ。

奪われた我が子とリオが、白神殿に訪れる日を。



−−−−−


ファルナラが消えたという報告はすぐにクロードの元に届けられた。

朝の国政を済ませてわずかの休憩を取っていた時に、レスカの片割れであるカシスが無表情ながらもわずかに慌てた様子を見せて口を開いたのだ。

レスカの報告によれば、白神殿の内部を探るためにファルナラは透視を行ったが、酷く消耗していたファルナラには中の確認は出来ず、そのまま白神殿の壁に身を預けるように項垂れていた所で瞬きの間に忽然と姿を消したのだと。

レスカは最初こそ空間を歪める能力を持つルトを怪しんだが、ルトの犯行ではなかった。

ならファルナラはどこに消えたのか。

クロードは以後の政務を放棄した。

厳密には老臣ザーブルに指示を出して任せ、すぐにレスカとカシスに空間を繋げさせて第3都市ジュリアに向かったのだ。


「−−どういうことだ!」

ジュリアに足を踏み込んだ瞬間に、クロードはレスカの胸ぐらを掴み怒鳴った。

場所は巨大な白神殿の壁に近い場所で、時間帯のせいで人通りは激しい。

多くの者は気にも留めなかったが、突如現れたクロードの姿に、何人かは目を見開いていた。

「申し訳ございません。忽然と御姿を」

「それは聞いた!ファルナラはどこにいる!!」

同じ説明を繰り返そうとしたレスカの言葉を捩じ伏せるようにファルナラの居場所を訊ねるが、知らないものを口にできるはずもなく、レスカは黙ってしまう。

クロードはすぐにルトにも目を向けるが、ルトはつまらなさそうに壁に背を預けて腕を組み、冷めた視線を返すだけだった。

 
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