サイドストーリー
□愛しい君と夢の中
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夫婦という言葉にサリアはどんな反応を示してくれるだろうか。
もしかしたらとても照れて慌てふためくかもしれない。あわよくば、少しくらいは肌を触れ合わせることを許してくれるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に抱きながら見つめたサリアの表情はコウェルズの思いとは裏腹に冷めていて、それどころか怒りすら浮かんでいた。
「…本気で仰ってます?」
「……そうだよね。…ごめんね」
怒りを込めた口調でこの指輪はそんな甘いものではないと、改めて。
2人の揃いの指輪には、比喩表現などでなくサリアとコウェルズの命がかかっているのだから。
島国イリュエノッドの禁忌の宝具である魔力増幅装置。この指輪は使用者の魔力を強めてくれるが、使用者の魔力が空になったその後は、その命を糧に魔力を放出し続けて最終的には命を奪ってしまう恐ろしい宝具だ。
コウェルズはファントム対策のひとつとしてこの宝具をイリュエノッド王から譲り受けた。王子自らが装着すると誰にも相談せず勝手に。
サリアの指輪はその戒めだ。
コウェルズが魔力を使い果たした後、コウェルズの命ではなくサリアの命から削るように。そうすることで、コウェルズが魔力を乱用しないようにと。
コウェルズの勝手で指輪をはめてから日にちは随分経ったのでそろそろ笑い話に変わってくれた頃合いではないかと思っていたのだが、期待は見事に打ち消された。
「…サリア?」
むっすりと御機嫌斜めになってしまったサリアの顔色を伺うように覗き込めば、普段の気の強さをさらに強くした鋭い眼差しで睨みつけられて。
大国の王子をここまで鋭く睨みつけることができる者などそうはいないだそう。
「…許されない勝手をしたと今は理解しているから、どうか許してくれないか。私は自分を殺すつもりはないし、もちろん君を苦しめるつもりもないから」
サリアの左手を強く握りしめながら誠実に話せば、ようやく怒りの気配は消えてくれた。そして。
「この指輪のあるかぎり、私はあなた様から離れられませんわね。いつまた勝手に危険な行動を取られるかと思うと気が気でなりませんわ」
恐らくは小言だったのだろう。しかしその言葉は、コウェルズを不愉快にさせるには充分な威力があった。
「…それじゃあまるで、この指輪が無くなれば私の傍から離れられると聞こえるんだけど?」
指輪が繋げた絆だと言わんばかりに聞こえてしまったのだ。実際はそうではないとわかっているが、サリアがコウェルズから離れてしまうことを暗に示す言葉は、今のコウェルズにとって何よりも許されないものだった。
「あ…あなた様?」
突然不機嫌になってしまったコウェルズに戸惑いを隠せないままでいるサリアの左手はまだコウェルズがしっかりと掴んでいる。その手を強く引き寄せて、バランスを崩したサリアをそのままベッドに押し倒した。
「以前にも言ったよね?私から離れようなんて考えないように、と。まさかとは思うけど、指輪の件が無かった場合は私との婚約も破棄して他の男のところにでも行くつもりだった?」
突拍子も無い話だと自分自身でもわかっているというのに、言いがかりも甚だしい自分の言葉にさらに苛立って。
自分で自分の首を絞めていると気付きながらも、サリアを失う可能性を考えてしまったことが許せなくて、その苛立ちをサリアにぶつけてしまっていた。
まるで余裕のない情けない姿を晒して、それでもサリアはコウェルズを見つめてくれる。
不安げな眼差しは、いつの間にか悲しげな眼差しに変わっていた。
「……それを選べるのは…あなた様の方でしょう?」
そして、悲しげな言葉のまま。
まるで本当に別れ話を切り出され、受け入れるしかないとでも告げるようなあまりにも悲しい眼差し。
「…サリア」
「もう眠りましょう。明日に響いてしまいますわ」
動揺して押し倒した腕を離したところで、サリアが隙をついてするりとコウェルズの拘束から逃れた。
そのまま一度ベッドから離れて、部屋を照らしていた魔力の明かりをそっと消していく。
その後ろ姿が本当に自分から離れたがっているように思えて、不愉快な痛みを紛らわすように無意識に頭を強く掻いた。
サリアは普段通りを装うかのようにひとつひとつ丁寧に明かりを消し、最後のひとつを消し終えた後、普段より遅い足取りでコウェルズの待つベッドに戻ってきてくれた。