サイドストーリー

□愛しい君と夢の中
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『愛しい君と夢の中』


豪華な寝具と快適すぎる空間。

大国エル・フェアリアにおいて最も贅を凝らした寝室を個人的に持つコウェルズは、ここのところ毎晩この場所が拷問部屋のように感じ始めていた。

理由は、毎晩コウェルズの隣で何の警戒心もなく眠る娘だ。

小さな島国イリュエノッドの第2王女であり、コウェルズの婚約者でもあるサリア。

今まで自分1人だけだったベッドを共有することになったサリアの登場は、毎晩コウェルズの理性と本能を戦わせる結果となってしまったのだ。

−−−

「……ねえ、サリア…そろそろその寝間着も肌寒いんじゃないかな?」

本日の政務公務も無事終わり、あとは明日を迎えるために眠るだけとなった時間帯、コウェルズはベッドに腰掛けながら、少し離れた窓際のテーブルで今日の日記を書いているサリアに話しかけてみた。

呼びかけられたサリアは首を傾げながらコウェルズに目を向けてくれる。

「室内は快適ですから、肌寒くありませんわ」

「…そう。…ならよかった」

コウェルズの本当に言いたいところは口が裂けても言えないのでオブラートに包んだが、やはり理解してもらえなかった。

城内ではエル・フェアリア製のドレスを纏ってくれるサリアだが寝室ではゆったりとくつろぎたいらしくイリュエノッドから持ってきたお気に入りの寝間着に身を包むのだが、これが難なのだ。

1年を通して温暖であるイリュエノッドの服は色鮮やかで模様こそ凝ってはいるが比較的薄着で、エル・フェアリアでは信じられないことだがお腹が丸出しというスタイルだった。

鎖骨もむき出しで腕などブレスレットのみとコウェルズからすれば誘っているも同然の半裸に近いのだが、その服に馴染んで育ったサリアにもちろんその気は存在しない。

サリアがエル・フェアリアに訪れた当初は目の保養とばかりに甘受していたコウェルズだったが、我慢の限界はわりと早くに訪れた。

婚約者ではあっても、サリアは婚姻が正式に済むまでは身体は許してくれないのだ。

それでなくても年頃のコウェルズが、気になる女の子の半裸を目の前にして身体的健康的異変が起きないわけがない。

「…ねえ、せめてお腹は温めておいた方がいいと思うんだけど。風邪を引いてしまうよ」

どうやら日記を書き終えたらしく棚に戻すために立ち上がっていたサリアの背中の健康的な肌を眺めながら、婚約者を心配する自分を装う。

どうかコウェルズの下心には気付かないまま、コウェルズの言う通りにしてはくれないか。でなければそのうち本当に手を出してしまいかねない。

しかしその願いが叶うことなど当然有りはせず。

「心配しすぎです。私達の健康管理の行き届いた侍女達がいてくれるのに風邪を引くはずがありませんわ」

日記を棚に戻した後はいつものようにコウェルズの隣に腰掛けながら、心配の言葉をくすぐったそうに笑う。

2人きりの部屋で、ベッドにお互い近い距離で座って。

いっそサリアに自分がどれだけ我慢しているか伝えてしまいたい気持ちも芽生えるが、そんなことをしてしまったら頭の固いサリアは確実に夫婦になるまで部屋を分けるだろう。

それだけはどうしても嫌だった。

彼女の拒絶は、何よりもつらい。

サリアとの婚約が決まってからずっと、コウェルズにとってサリアは気が強く賢く気高く、エル・フェアリアの王妃に相応しい娘という認識だった。

そこにサリア個人をコウェルズ個人が愛する気持ちは薄かったのだ。

身を焦がすほどの愛欲に気付いたのは、サリアがコウェルズに怯えて拒んだ時から。

何があってもコウェルズから離れないだろうと思っていたというのに、コウェルズが父王を殺したその日、サリアはコウェルズに怯えて、拒絶した。

それはまだ若い娘なら当然の反応で、しかしコウェルズにはそれが許せなかった。

なぜ許せなかったのか。なぜその時からサリアのことが頭から離れなくなったのか。

傍にいて当たり前のはずのサリアが居なくなる。それを想像した瞬間、凄まじいほどの執着心が芽生えたのだ。

だから、コウェルズが王子でなく個人でいられる時は、傍にいてほしい。

片時も離れることなく、サリアにもコウェルズだけを思っていてほしい。

「…そうだ、異国の話なんだけどね、面白い文化のある国があるんだよ」

「なんですの?」

子供1人分の距離だけ開けたまま、サリアの左の手を取る。左手の薬指には、コウェルズと同じ形の指輪がはめられている。

「その国では、夫婦は同じデザインの指輪を左手の薬指にはめて、自分達が夫婦であるということを誰から見てもわかるようにするんだって。その国に行くと、私達はもう夫婦に見られるだろうね」
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