エル・フェアリア2
□第103話
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第103話
扉が開かれた時、誰が何を思っただろうか。
開けた者も、中にいた者達も、後から駆けつけた者達も。
何を思っただろうか。
エル・フェアリア王城で働く侍女達だけの区画のその最奥で。
上位貴族の娘達のみが使用することを許された区画内で最も豪華なその場所で。
扉を壊す勢いで開けたニコルが見たものは、大切な家族と最愛の女性が床で痛めつけられている凄惨な現場だった。
アリアは顔から、テューラは顔だけでなく体からも血を流している。唯一ジャスミンだけは血痕の痕はなかったが、だからこそ強制的に露出させられた白い肌がより青白く見えた。
三人が何をされているのか、理解をするより先に、何かが頭の中で切れていた。
アリアが目にしたのは、救いを求め続けた兄の姿だった。
扉を開けてくれて、アリアの呼び声に気づいてくれたかのように助けに来てくれて。
「にいさん……」
兄の姿に涙が溢れた。
抵抗もできずにいた身体を弄そぶ男も、アリアの胸を手で掴んだ状態で固まって。
兄の後ろから、アリアの大切な仲間達が次々と駆けつけてくれる。
その状況に、羞恥を感じる暇もなく涙がとめどなく決壊してしまった。
助かったと、心から思ったのだ。
ニコルが突然現れたことで室内は一気に凍り付き、ニコルの後ろから現れたモーティシア達も、室内を見て全身が強張ったかのように固まった。
「アリア!!」
静まり返る中で叫んだのはレイトルで、扉を塞ぐように立ち尽くして動かないニコルを強引に押して中へ入り、アリアへと駆け寄った。
アリアに覆い被さる男を睨みつけながらドン、と強く押しどけて、鉄布のマントを引きちぎってアリアに被せて抱き寄せる。
セクトルとトリッシュも後に続いて室内に入り、ジャスミンにはセクトルがマントを冷静に外してかけてやっていた。
ジャスミンは声もなくボロボロと泣きじゃくりながら、トリッシュの姿に苦痛と安堵の両方の顔をして縋り付く。
トリッシュは何よりもジャスミンを庇うように引き寄せると、彼女を抱き上げて壁側へとすぐに移動した。その壁側へと、ニコラも駆けつける。
「ーーお、俺は何もしてないぞ!!」
状況を理解したのか、ジャスミンを襲おうとしていた男が突然立ち上がって逃げようとする。
「どけぇ!!」
いまだに扉の前で立ち尽くすニコルへと走り。
身動きを取らないニコルから金の混ざる黒い魔力の霧が溢れ出たかと思うと、それは逃げる為に駆けて来る男へ剣を上から斬り落とすように一瞬で進み。
「ーーーー」
人間だったものが、二つに割れて床に落ちた。
ものの数秒で広がる赤黒い血溜まり。
同時にむせかえる血の匂い。
「きゃああああああああああ!!!!」
あまりの惨劇に、壁側にいた三人の侍女のうちの一人が絶叫を上げた。
全員が目撃した一人の人間の死に、静かに動くのはニコルだけだった。
優雅にも見えるほどの落ち着いた足取りで室内を進んでいく。
途中に広がる血溜まりを避けることもせず、真っ二つの人間の間を堂々と進んで。
レイトルとセクトルとアリアの、その隣でニコルは立ち止まった。
後ずさるイニスなど目にも留めずに、ニコルは見下ろす。
見下ろした先で、ボロボロになったテューラと視線を絡ませた。
あまりの出来事に呆然としているテューラの前に静かに片膝を付いて、優しく抱き寄せて、抱き上げて。
「…アリア、こっちへ」
ハッと我に帰るように、レイトルもアリアを抱き上げてトリッシュ達のいる壁側へと逃げた。
その間にセクトルが魔具を使って男を逃げられないように床に押し付ける。
低く呻くような声で男は呻いたが、仲間の死体から溢れた血溜まりが広がってきて床に押し付けられた頭に到達した時に悲惨な叫び声を上げていた。
「ひぃっ……お、お兄様!!」
目の前で起きた惨劇を今理解したかのように、奥のソファに座っていたガブリエルが立ち上がって扉付近にいるミシェルを呼ぶ。
その声に反応するようにミシェルもガブリエルの元に向かうが、ミシェルの表情も困惑して、ガブリエルを庇えばいいのか、捕らえればいいのかわからない様子だった。
「こ…これはどういうことなのですか!?」
モーティシアも動揺しながらも扉から数歩分だけ中に入り、逃げようとした侍女三人へ「動かないで!」と強く命じて足を止めさせた。