エル・フェアリア2
□第103話
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時が止まったかのように誰もが固まり続ける。
深手を負ったイニスと男の呻く声と、凄まじい血の匂いと、ぶちまけられた内臓から溢れたおぞましい臭気と。
重すぎる空気は、呼吸すらままならなくさせるようで。
バタバタと近付いてくる足音がいくつも聞こえてきたのは、モーティシアが懸命に己を奮い立たせようとした時だった。
「ーーアクセル!!」
近付く足音はどれも重く、男のものだとはわかった。その中で最も早く到着した足音の持ち主が、扉に手をかけてまずアクセルを呼んだ。
「……ヨーシュカ団長…」
現れたヨーシュカに、アクセルはクラゲを握りしめたままその場にへたり込む。
ヨーシュカは険しい顔で室内を見渡し、その後すぐに新たな人物達が顔を現した。
「ーー何があった!?」
二番目に到着してくれたのはクルーガーで、その後ろからさらに王族付きの騎士達が顔を出す。
いずれもエルザの護衛で、謹慎していたはずのクラークと、セシルと隊長のイストワールが室内の惨劇に顔を顰めて凍りつく。
「ーー何があったんじゃ!!」
最後に到着したのは、魔術師団長のリナトだった。
ヨーシュカが真っ先に室内に足を踏み入れて死体を確認し、クルーガーがイストワール達に扉の前で待機させて次に室内に入る。
クルーガーは死体よりも先にアリアとジャスミンの痛ましい姿に何があったのか理解するかのように表情で不快感を露わにした。
そしてニコルと、抱き上げられたテューラを見つめて。
クルーガーはアリアやジャスミンがそうされているように、自らのマントを外してテューラにかけてやる。
「ひとまず下がれ」
部屋の中央で立ち尽くしているかのような状況のニコルに命じてアリア達の元へ向かわせようとするが、ニコルは一歩も動こうとはしなかった。
「お前達…アリアに何をした!?」
最後に室内に入ったリナトは、真っ先にアリアの姿に目を留めて、クルーガーと同じく察した様子を見せて。
リナトは最初に三人の侍女達を睨みつけたが、震えて言葉を発せない侍女達に凄まじい形相を向けた後で次は足を潰された男の元へ向かった。
「ひ、ひいぃーーーーぎゃああああああっっ」
いまだに血の止まらない足に向かって、リナトは二つの火球を生み出して押し付ける。
傷口を灼熱の炎に焼かれて男は絶叫と共に悶絶して逃げようとするが、リナトは血溜まりの中に男を押し付けて逃しはしなかった。
ただでさえ血の匂いにむせかえる室内だというのに、血溜まりが灼熱に触れて恐ろしい湿気まで溢れかえる。
傷口を焼かれて、残酷すぎる応急処置が終わった。
「…これで死ぬことはない…言え。アリアに何をしようとしたんだ…」
男の頭を血溜まりに沈めたまま、リナトは静かな声で問う。
「ひ、ひ…ヒィ…」
嗚咽と呼吸を共に行う男は正気を失う一歩手前で、リナトは苛立つように男の頭を一瞬浮かせてから再び床にガンと叩きつけた。
「リナト…控えろ」
「黙れ」
冷酷で、無情で。
こんなリナトなど、魔術師団の者達ですら見たことはないだろう。
共に大戦を生き抜いたクルーガーとヨーシュカだけが、静かにリナトを見守っていた。
「…アリアに何をしようとした?」
ゆっくりと、まるで馬鹿に理由を問うようにわかりやすく訊ねて。
「ヒィ…お、俺は…言われたから……ヒ、言われたから…」
「誰に、何をだ?」
「ヒイィ……ガブリエル様っ…に、ヒ…治癒魔術師を……」
そこで突然、ブワリと室内の空気が変化した。
誰もが感じたのは髪が逆立つような感覚。
同時に、肌を奇妙な痺れが舐めた。
「ニコル!落ち着いて!!」
叫んだのはアクセルだった。
その目に何が見えているのかはわからない。
だがアクセルの視線はニコルの周りへと何度も泳ぎ、奇妙な感覚の理由はニコルであると伝えてきた。
アクセルにしか見えてはいない。
今の瞬間までは。
「球雷!?」
突然、ニコルの周りをひとつの球の形をした雷が現れて、ニコルから離れるように飛び消えた。
ニコル自体に異変は見えない。
しかし球雷はもうひとつ、またひとつと、突然現れては飛び消えていく。