エル・フェアリア2

□第103話
3ページ/10ページ


叫ぶイニスを、当然のように誰も助けはしなかった。

イニスを床に捕らえたセクトルがモーティシアにちらりと目を向けて、モーティシアは女相手でも容赦してはいけないことを学んだかなように強く唇を噛む。

「なんでよ……なんで私がこんな目に遭うのよ!!私はニコル様の目を覚させてあげたかっただけですわ!!」

イニスは捕えられても諦めずにニコルへと手を伸ばす。

「おい黙れ!!」

セクトルが上からさらに圧をかけるが、イニスは呼吸を潰されながらも血走らせた目をニコルから離さなかった。

「ニコル様!ニコル様ぁ!!」

「黙れって!!おい、こいつ実行犯だろ!気絶させるぞ!!」

「やめなさい!捕えるだけに留めてください!!」

「そんな呑気なこと言ってる場合かよ!!」

イニスを完全に制圧する為に手を振り翳したセクトルを、今度はモーティシアが止める。

「…こちらが不利になってはいけません…」

「もう人間ひとり死んでんだよ!!日和んな!」

イニスはいまだに暴れるから、落ち着かせようとするモーティシアと任務に冷徹になれるセクトルの間に齟齬が生まれ始める。

「離して!!」

その間にもイニスはもがき続けて、手から離さなかった棒がセクトルを引っ掻こうとした。

その瞬間にモーティシアは無意識のようにイニスの手を蹴りつけてセクトルを庇う。

バキ、と人から鳴るにはおかしすぎる音が響き。

「ッッヒギャアアアアアアアアアアア!!」

絶叫は、モーティシアがイニスの腕を足で床に押さえた瞬間にイニスから轟いた。

棒は手から離れて床を滑り離れる。

イニスの腕は、手首と肘の間でひしゃげていた。

「っ…」

骨を砕いた感触が足から伝わってきたのだろう。モーティシアは表情を凍りつかせながらすぐに足を上げ離すが、イニスはセクトルに捕えられたまま痛みにのたうつ。

セクトルはイニスを抑え続け、モーティシアは自分の行動に動揺して。

わずかな隙を突くように、先ほどまでセクトルに捉えられていた男が突然立ち上がり、アクセルだけがいる扉へと逃げた。

「アクセル!!」

「押さえろ!!」

名前を呼ぶレイトルと、命じるセクトルと。

アクセルは突然のことに驚いてクラゲの触手を掴んだままぎゅっと強く目を閉じてしまった。

「どけえええぇぇぇぇ!!!!」

逃げようとする男の動線の邪魔になる位置にいるアクセルへと一直線に距離を詰められて身体を突き飛ばされる瞬間、アクセルを守ったのはクラゲからさらに伸び増えた触手だった。

何本かがアクセルを守るように絡まり、何本かが強く男をはじき飛ばす。

男はクラゲからの攻撃に受け身も取れずにニコルの元へと倒されて。

冷めた眼差しで見下ろすニコルと目が合ってしまった。

「ひ……頼、たのむ…許して……」

訳がわからなくなったように、男はニコルから逃げようとする。

以前まで騎士として鍛えていた所以か、何とか座り姿勢にまで戻すが腰は完全に抜けた様子で、半笑いを浮かべながら床をずって。

ニコルは再び男の方へと片手を向けた。

「ひいぃっやめ!!許してっ!!」

「ニコル!!殺してはいけません!!」

哀願する男の声と、モーティシアの止める声が同時に響く。

それでも先ほどアリアに止められた時のようにニコルの腕は降りなかった。

「ニコル!!」

「許してぇぇぇぇ!!」

誰にも止められない状況で魔力がニコルの手から弾けるように離れる。

その魔力の黒い球は、男の両足を膝から完全に吹き飛ばした。

最初に真っ二つにされた死体の血溜まりの中に、さらに新たな血が混ざり増えていく。

「ぎゃああああああああああ!!!!」

両足を失った男の絶叫が響き渡り、消失した足からは心臓の鼓動に合わせるように血が大量に溢れ出ていた。

びしゃびしゃと、凄まじい勢いで溢れ出して止まらない血に、また全員が凍り付いた。

ただ一人ニコルだけが怯えるテューラを優しく抱きしめて、男が見えないように姿勢を変えてやって。

うめき声は男とイニスから、それ以外はもはや、誰も声を上げることが出来なくなっていた。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ