エル・フェアリア2

□第99話
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第99話

「ーーやめてください!!」

悲痛な悲鳴は本来なら多くの者が助けに入っただろうが、今回に至っては誰も助けようとはしなかった。

見ているだけ、というわけですらなく、誰も彼もが悲鳴の方向には目を向けずに無視を決め込む。

「お願いです!本当にやめてください!!」

広い応接室、窓から入る爽やかな朝日を浴びながら、悲鳴など無いかのように己の仕事に従事する。関わりたくないのだ。心から。

「ちょ、ほんと、ほんとに!!駄目ですって!!伸びてる伸びてる伸びてる伸びてる!!!!」

アクセルの悲鳴は、今にも泣き出しそうなほどあわあわと慌てふためいたものだった。

「煩い!!あやつからこんな不気味なもんを付けられよって!!今すぐ剥がしてやるから待っておれ!!」

「やめてくださいーー!!」

ミモザの個人応接室内で繰り広げられているのは、昨日からアクセルの周りを漂うことになった黒いクラゲの撤去作業だ。

撤去とはいっても、作業に従事するのは魔術師団長リナトだけだが。

触手の長い不思議なクラゲは魔術兵団長ヨーシュカが生み出した生体魔具で、それを耳にしたリナトが朝からアクセルを追いかけ回しているのだ。

「…助けなくていいのか?」

「放っておきましょう。魔術兵団長直々の魔具なんて、私達にはどうしようもありませんよ」

ミモザのいない応接室内で、ニコルはボソリとモーティシアに問いかけるが、いっさい気にする素振りも見せずに凄まじい速さで手を動かしている。

モーティシアの今現在の仕事は、ビデンス・ハイドランジアへ宛てた手紙を書くことだ。

昨日ニコルが自ら手を挙げた仕事だったが、結局完成させられず今朝モーティシアに託した仕事。

治癒魔術師の今後の在り方について訊ねたいので王城に来てほしいと頼む手紙をモーティシアに謝罪と共に託した時、案の定鼻で笑われて馬鹿をいじられてしまった。

それでもニコルが昨晩考えに考えて何とか書いた未完成の手紙を見せると少しは見直してくれたが。

「それにしても、生体魔具とはあれほど伸びるものなのですね。あなたの鷹の生体魔具もあんな風になるのですか?」

本当に関わりたくないのかアクセルとリナトのクラゲをめぐる戦いにはなるべく目を向けないようにしながら、モーティシアは感心したように生体魔具に興味を示す。

クラゲの生体魔具は現在、傘の部分がリナトの両手の許す限り最大限伸びている所だ。

生体魔具自体は普通の魔具と同じく魔力を圧縮して物質化したものなので形は変幻自在だが、よくある武器の魔具とは異なり本物の生き物のように滑らかに動くので高度な操作力とモデルにした生体への理解力が求められる。

騎士よりも魔術師の方が生体魔具など容易に生み出せるのではないかと思ったが、力技で魔力を圧縮する騎士と術式を使い魔力を魔術として巧みに操る魔術師では、そもそも魔力の使い方が根本的に違うものらしい。

「俺の鷹はせいぜい大小サイズを変えられるくらいで、あんな風に伸びることはない…と思う」

「へぇ、サイズを変えられるのですか。手のひらサイズの鷹を今出せますか?」

ニコルの生体魔具にモーティシアが興味を持つから、いとも簡単に右手の上に小さな鷹を生み出す。

「何それ可愛い!!」

とたんに声を上げるのはアリアで、他国の治癒魔術の教本から飛び離れてニコルの元へ訪れた。

恐る恐るジャスミンまで近付いてくるので、手のひらサイズの鷹は女性に人気があるのかも知れない。

「兄さん、その子飛ばせるの?」

「当たり前だろ」

訊ねられるままに鷹を部屋に飛び立たせれば、わぁ、と黄色い声が二人分上がり、他の者達の視線も注がれる。

「やーーめーーてーー団長ぉぉ!!!!」

その後ろでアクセルが必死にクラゲを庇っていたが、そちらには誰も目を向けなかった。

「俺たちも生体魔具作ってみるか?新しい術式開発にも役立つかもしれないし」

のらりくらりと近寄ってきたトリッシュも鷹を見上げながら話しかけてきて、モーティシアも「そうですね」と肯定的に受け止めていた。

「魔力を圧縮…」

早速両手の中に魔力を溢れさせるモーティシアが何かを作ろうと圧縮させてみるが、数秒奮闘して出来上がったのは単なる黒い球体だった。

「…これはなかなか手強いですね。騎士達の脳まで筋肉に変貌するわけです…」

感心しているのか見下しているのかわからない感想と共に球体を消して、

「まあ、慣れれば何かしらはできるでしょう」

魔具への興味をとっとと消してしまう。

「魔術と魔具って、そんなに違うんですか?」

アリアの質問には、ジャスミンも興味を引かれるように視線をモーティシアに向ける。

 
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