エル・フェアリア2
□第98話
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固まるルードヴィッヒが見守る中で、ジュエルの魔術による洗浄が始まる。
水桶の中の水がジュエルの魔術によりゆっくりと浮かび上がり、ぷよぷよと不思議な透明の物体と化した水がルードヴィッヒの血で汚れた戦闘着に到着した。
浮かぶ水に手をかざし続けていたジュエルが、そこにさらに自身の魔力を増やして高度な術式を組む。
水は戦闘着の汚れた箇所に吸い寄せられるように張り付き、ゆっくりと移動しながら汚れを吸着していく。
動くたびに汚れていく水と、入れ替わるように戦闘着は元の美しい色合いを取り戻して。
じっと、恐らく数分は見守り続けた。
「……これで大まかな汚れは取れたはずですわ」
水が最後の汚れの箇所に張り付いた後にまた水桶へと戻り、ジュエルの言葉と共にパシャリと元の水へと戻った。
元の水とはいっても、黒褐色に汚れてしまっているが。
「君の魔術は…本当に凄いんだな」
「当たり前ですわ。ミシェルお兄様が直々に指導してくださったのですもの!」
感心の言葉に被せるように、ジュエルは自慢げに二番目の兄の名前を口にする。
ルードヴィッヒを目の敵にする、苦手な男の名前を。
「ミシェルお兄様は魔術師団入りを切望されたこともあるほど魔術に長けていますから、いずれ二人目の魔術騎士に選ばれるはずです!」
「…え」
そして自慢の言葉は止まらず、聞き逃せない単語に耳が敏感に反応した。
「……魔術騎士に?」
「ええ。…あ!内緒にしていてくださいね、実はお兄様、トリック隊長から個別の訓練を受けておりまして、魔術騎士を目指していらっしゃいますの!」
「……トリック隊長から?」
「ええ!」
無邪気なまま自慢するが、ルードヴィッヒには新たに聞き捨てならない内容を聞かされて眉間に強く皺が寄ってしまった。
第六姫コレーの護衛部隊長であるトリックとペアのスカイは王族付き候補であるルードヴィッヒの上司兼指導者のはずだ。
護衛のいろははあまり教えてもらえていないが、訓練に関しては候補仲間達も嫌がるほどの厳しい指導を受けている。
主にスカイから。
いつもトリックはコレー姫に付き従うか他の任務に就いているかで、たまにルードヴィッヒといてくれる時でも基本的に指導はスカイに任せていた。
トリックはルードヴィッヒを見ずにミシェルを見ていたというのか。
しかも魔術騎士には、スカイが「目指してみろ」と言ってくれている。
エル・フェアリアに戻ったらトリックに厳重に抗議しよう。そう心に決めたルードヴィッヒの顔を、ジュエルは首を傾げながら覗き込んできた。
「どうしましたの?」
「……なんでもない」
ものすごく不貞腐れた声を出してしまうが、ジュエルはいっさい気にすることもせずにとっとと戦闘着の隣に掛けられた自分のドレスを自身に引き寄せた。
「……このドレス、似合いますか?」
そして少し不安そうに訊ねてくる。
どうしたのだろうと思うが、ジュエルの身体に当てられたドレスはよく似合っていた。
「いつものよりシンプルだが、似合っていると思うけど」
思ったままを口にすれば、少しだけ嬉しそうに表情は綻んだ。
「…では着てくるので、ルードヴィッヒ様はここで戦闘着に着替えてくださいな」
「え、ここで!?」
「……私は湯浴み場で着替えますわよ」
同じ部屋で着替えるのかと一瞬勘違いしてしまい、ジュエルが一気に眉を顰めた。
自分のしくじりに同じように眉を顰めてしまう間に、ジュエルは隣接する湯浴み場へと向かい、扉を閉めて。
壁一枚挟んだ向こう側で、ジュエルが着替えを始める。その事実にカッと下半身が熱くなろうとするから、両頬をバシバシと何度も強く叩いてから綺麗になった戦闘着へと手をかけた。
互いに思い合っているとはいえ、まだ成人を迎えていないジュエルになんて欲望を向けようとするのだと、自分自身に叱責する。もちろん、心の中で。
訓練着を強引に脱いで、戦闘着に袖を通して。
今日一日着ただけで、ずいぶんと身体に馴染んだ気がする。
ふと思い至って今日の試合の動きを行ってみれば、バサ、と風に流れてから、パン、と乾いた布の打つ音が部屋に響いた。
そして少し考えてから、エル・フェアリア武術の型をひとつ行う。すると先ほどと同じように布が風を打った。
ようやく理解する。
この戦闘着は、全て計算し尽くされて作られているのだ。
正しい動きを行えば、戦闘着は最も美しい様子を見せる。
まるで三年前のエル・フェアリアで行われた大会の武術試合の時のように、ガウェを優勝に導いた時のように。