エル・フェアリア2
□第98話
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八強入りは強さの証だとは幼少期から度々聞かされてきた。
国内の大会でも、誇るべき上位なのだと。
それが、世界的な大会で。
大会に出場する各国の戦士達は、大半が自国での選抜試合を勝ち抜いた猛者達ばかり。選ばれた者しか出場できないこの大会において八強入りしたのだから。
「……ジュエル」
嬉しくて、嬉しすぎて。
「私は強いんだ!!」
目の前にいる立った一人の少女に堂々と宣言する。
自分でもわかるほど顔が笑っているとわかる。
「…とっても強かったですわ!」
そしてジュエルも。
見ていなかったと言っていたのに、ルードヴィッヒに釣られるように、嬉しそうに頬を少しだけ赤くして笑ってくれた。
「ご褒美でも差し上げましょうか?」
隣に座るジュエルが、表情も挑発的な笑みに変化させてくる。
傲慢と名高い藍都の者達の微笑み。
イタズラの一種なのだろうが一瞬ムッとしてしまったのは、まるでルードヴィッヒの勝ちがここで止まると言われているかのようだからだった。
明日はウインドと戦うのだ。絶対に勝ってみせる。
そんなことを言い返そうとしたが、ふと思考は逸れた。
理由は、壁側にかけられたルードヴィッヒの戦闘着の隣にあるドレスが目に入ったからだ。
淡い藍色の、普段のジュエルが着ているドレスからは想像もできないシンプルなドレス。
シンプルだが、大人びて美しい。
「……本当にくれるのか?」
「え……まあ、私が叶えられるご褒美でしたら?」
ルードヴィッヒの返答もジュエルの予想に反したものだった様子で、傲慢な笑みは困惑に揺らいだ。
「……大会後の夜会で…ファーストダンスは私と踊ってほしい…」
揺らぐ瞳を真剣に見つめて、緊張から掠れるほどの低い声で。
夜会で何が行われるのかはジャックやダニエル、そしてガウェからも聞かされた。
ルードヴィッヒとジュエルは夜遅くまでは参加出来ないが、それでも充分なほどゆっくりと楽しめる時間がある。
大会関係者全員で楽しむことを許された、貴族も平民も関係のない無礼講の夜会。
それでも一定の礼儀礼節は必要となり、ダンスタイムも当然ある。
最初や最後に踊る相手は特別な人と、なんて礼儀はエル・フェアリアには存在しないが、あの綺麗な薄藍のドレスを纏うジュエルを一番最初に独り占めしたくて。
「…えっと……ごめんなさい」
だというのに、ジュエルの返答は残酷なものだった。
「なぜ!?」
思わず大声で聞き返してしまい、ジュエルはビクッと肩をすぼめた。
「大声出さないで!!…最初はバインド陛下と踊るよう命じられたからですわ」
ルードヴィッヒの声にジュエルも怒った顔になるが、理由は教えてくれた。
「…バインド陛下って……どうして」
「髪飾りを下さったお礼がしたいと伝えていましたの。そうしたら……エテルネルから、夜会でファーストダンスを陛下と踊ることで手を打つ、と。ラムタルではファーストダンスは意味のあるものだそうで、ラムタルの王妃の座を狙う方々を牽制したいのだとか…」
ラムタル国の騒動にジュエルの貴重なファーストダンスを与えるというのか。いくらエル・フェアリアではあまり意味を為さないとしても、ジュエルの意思は無視するというのか。
「…君はそれでいいのか?」
「え?だってダンスだけでいいなんて、とても簡単ではなくて?藍都の秘蔵のレース刺繍を求められてはどうしようとヒヤヒヤしていましたもの」
ルードヴィッヒの心情とは裏腹に、ジュエルは心底安堵した様子を見せる。
ルードヴィッヒを思ってくれているのなら、少しくらい優先しようとは考えてくれないのだろうか。
「…私は君と踊りたい」
思わず本音を呟いてしまい、きょとんとした顔で見つめられてしまった。
「あ…いや、その……」
「では今踊ります?」
「へ?」
突然の提案に、頭は働かず。
「ドレスに手を加えたので、きちんと完成しているか確認したかったのですわ。ルードヴィッヒ様が今踊ってくださるなら、私も夜会で一安心できますもの」
「え、でも私はこんな格好で…」
「戦闘着を今すぐ綺麗にして差し上げますわよ。ガウェ様から譲られた特別な戦闘着なのでしょう?」
決めたなら早速とばかりに、ジュエルは水桶と共に戦闘着の側まで小走りで向かってしまう。
慌てて付いて行き、一人分離れた斜め横からジュエルと戦闘着を見守った。
ジュエルが魔術に長けているのは知っているが、それでも心配になってしまうからそわそわと落ち着きなく見守る形になってしまい、一度振り返ったジュエルから鋭い睨みを効かされて硬直した。