エル・フェアリア2
□第54話
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今のアエルは無表情だ。
すっきりと笑う笑顔か、何も存在しない無表情か。
それしか持たないアエルも、ソリッドが。
「こいつは…数年前にエル・フェアリアの闇市に流れ着いたところを買ったんだ。地方兵団から巡りめぐってこっちに来たらしい」
「…何人もいる奴隷の中からアエルだけ?」
冷やかすように訊ねれば、軽い拳が頭に降ってきた。
手加減したソリッドの胸に、アエルが安らぎを求めるように身を委ねる。
アエルが大切そうに抱き締めるのは、いつ拾ったのか、短剣とソリッドの切り落とされた手首だった。
奴隷と主人と言うには、あまりにも近すぎる距離で。
「…こいつは何されても笑う変わり種だったからな…」
ソリッドはアエルをそっと抱き寄せ、痛め付けられた身体を優しく撫でる。
後生大事にするような姿に、巻き込んでしまった申し訳無さがパージャの視線を逸らさせた。
「ガキが何されても笑って受け入れて…放っとけなかった。こいつの心が他の奴隷みたいに死んでたなら…見向きもしなかったんだろうな」
平和だと謳われるエル・フェアリアの、無惨な現状。
エレッテもアエルも、エル・フェアリアの最底辺にいたのだ。
最底辺にいて、惨たらしい死を待つだけのはずだった。
だが運命はエレッテに更なる苦痛を、アエルにはソリッドを与えてくれた。
他の多くの奴隷達の中で、まるで選別されたかのように。
パージャは上手く自分を売った。だが一歩間違えていれば、エレッテと同じ道をたどっていたはずだ。
「…お前達のその身体は何なんだ?」
口を閉じて物思いに耽ってしまったパージャに投げかけられたのは、呪われた身体のことで。
「あいつらがお前達を狙うのは、そんな身体だからなのか」
パージャの質問の後は、ソリッドの番というわけか。
「ファントムだの王家だの、お前達は死んだはずの姫様を拐っただけじゃないのか?」
ソリッドは闇市の人間として、裏からファントムの捜索を手伝うよう言われているはずだ。
「…どんな命令、受けてたの?」
「…黄都領主が来て、ファントムの情報を見つけ出せと、それだけだ。あいつらの出入りは俺達はあまり関わらなかった」
あいつらとは、魔術兵団のことか。ならばそちらは廃鉱に用があっただけだろう。
「お前達は…何をしようとしてるんだ」
真剣な眼差しが降り注ぎ、パージャはそれを静かに受け止める。
パージャ達は何者で、なぜ狙われていて、何をするつもりなのか。
そんなこと。
パージャだって完全には知らない。だから。
「…この身体は呪いの影響。呪いを解きたくて…一生懸命頑張ってんの…魔術兵団は、それを邪魔する嫌な奴らさ」
パージャ達の真実を。
呪いだなどと言われても、ソリッド達にはわからないだろう。
この世界中を探して、いったいどれほどの数が呪いに身を焦がされるというのだろうか。
パージャ達は、その希少な数に含まれてしまった。
「…呪い?」
「そう…44年前に暗殺されかけたロスト・ロード王子様が自分にかけた呪いだよ」
巻き込んでしまった罪滅ぼしに、信じられないような真実を。
「…ロスト・ロード王子だと?何を馬鹿言って…」
案の定信じられないと首をふるソリッドの言葉が、不自然なところでふいに途切れた。
視線を送ってみれば、アエルがソリッドに首を傾げている最中で。
「だ、れ?」
くぐもる声はパージャと同じほどにかすれている。
「昔生きてたエル・フェアリアの王子さ…大戦後に暗殺されて、死んじまってるがな」
ロスト・ロード王子を知らないなど珍しい。そう思うパージャを前に、ソリッドはアエルを馬鹿にすることもなく疑問を解消してやった。
幼い頃から奴隷だったアエルは普通なら親や周りが教えてくれる一般的な常識を知らずに育ったのだろう。
「その王子様が、自分で自分を呪ったんだ。絶対に死なないようにって」
言葉を続けるパージャに、アエルの視線が移される。
「俺達はそのとばっちりで、こんな身体になった…そして当の王子様本人は…今はファントムと名前だけ変えて…昔と変わらない姿のまま生きてるんだ」
ロスト・ロード王子は生きている。
その真実に、目を見開いたのはソリッドだけだった。