エル・フェアリア2
□第54話
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アエルの傷は局部にまで及んでいるはずで、その理由が知れたら、強姦未遂に合っているアリアをも苦しめてしまうかも知れない。
そこまで考えて、ふ、と鼻で自分自身を笑ってしまう。
どこまで他人の事を考えるつもりだ、自分は。
今はそれどころではないというのに。
「エレッテの方は無事なのか?どこにやったんだ」
アエルに何度も肩を撫でられていれば、反対側からソリッドはエレッテの安否を気にした。
無事かどうか、確証は持てないが。
「…たぶん、大丈夫。魔術兵団の手には落ちないはずだから」
「だからどこに」
「…信頼できる“元”仲間のところ」
エレッテにかけていた術が解けた時、魔力が消え去る一瞬に触れたのは、馴染み始めていた騎士達の気配だった。
ルードヴィッヒに、ニコル。ガウェは危険かもしれないが、ニコルが止めてくれると信じて。
パージャが放った魔力に気付いてくれたのだ。だから彼らはハイドランジア家に訪れてくれた。
老夫婦のビデンスとキリュネナも心配だが、あの短期間での記憶操作などたかが知れている。
「そんなことよりさ…オッサン、エレッテと面識あるんだよな?」
朦朧とする意識を何とか留める為に、わずかに頭を動かす。
とたんに肩の傷がズクリと痛んだが、悲鳴はこらえた。
「今はそんな話してる場合じゃないだろ」
「…気になるんだって…気になる話してなきゃ、眠っちまう…」
それだけは避けたいからと。
「寝てりゃいいだろ。また奴らが来たら起こしてやるよ」
「…魔力を消費しすぎたんだ…魔力持ちが消費のせいで一回寝たら…すぐには起きられない」
下手をすれば数日は眠りについてしまう。それだけは避けたい。
「だからさ、教えてよ…あんたがエレッテを心配する理由」
訊ねるパージャに、肩に触れていたアエルの手も止まる。アエルはソリッドから一部始終は聞かされていたはずだから、それを思い出したのだろうか。
「エレッテは…」
ソリッドの声も、どこかつらい色をしていた。
「傭兵隊として駆り出された戦闘区域にいた隊に、ウインドと一緒に飼われてたんだ」
それは、パージャも聞いたことのある過去だった。
「エレッテは慰み者の奴隷として飼われていた…傷がすぐ治る不思議な身体だったからな…毎日強姦漬けだったみたいだ」
死と隣り合わせの戦闘に明け暮れ心身共に異常を来す兵達の中で、まだ幼い少女を。
「一夜だけ…俺達の隊で持ってた酒と交換したんだ…たった一夜だけだがな」
あまりにも酷すぎる扱いに、ソリッドが救いの手をさし伸ばせたのはたった一夜だけだった。
「メシ食わせて寝かせただけだが…人の扱いはされてなかったみたいだ。何をしてもすぐに怯えて…顔色ばかり見やがった」
パージャが思い出すのは、出会った当初のエレッテだ。
全てに怯えて顔色を窺う。エレッテより年下のミュズやルクレスティードにまで。
パージャに慣れてくれるまで、どれほどの日数が必要だっただろうか。
年下の二人や女のガイアと違い、エレッテはパージャとファントムには長い間心を開かなかった。
「あんた、ほんとイイ人なんだな…」
明日は我が身の戦場で、たかが奴隷一人に束の間であれ安らぎを与えようとしたのだ。
きっとソリッドは、エレッテだけでなく他の奴隷達にもそう接してきたのだろう。
「…アエルとの出会いも、そんな感じだったの?」
痛む身体を我慢して動かし、顔の腫れ上がっているアエルを目に映す。