エル・フェアリア2

□第47話
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 若騎士達はいつ訓練を終わらせて帰ってくれるのだろうか。
 そんなことを考えながら夜空を見上げたレイトルは、視界の隅から何かが近付いてくるのを都合よく見つけて、
「…うわ来た」
 見慣れた伝達鳥がレイトルめがけて下降してくる様を、今すぐ逃げ出したいと言いたげな目で眺め続けた。
「どうしたの?」
 レイトルの呟きに手を止めるのはフレイムローズで、セクトルは伝達鳥に気付いて見上げる。
 三人が動きを止めたので、ルードヴィッヒ達も必然のように訓練を中断してしまった。
 レイトルの肩に留まるのは青緑色の小柄な伝達鳥だ。だが小柄ではあるが特殊な鳥で、手紙を持ってきたわけではない。
「誰から?」
「…両親から」
 首をかしげるフレイムローズに伝達鳥を放った相手を教えてやれば、この場では唯一理由を知るセクトルが無表情な眼差しに少しだけ心配の色を見せてくれた。
「急ぎの伝達鳥ではないですか!何か大変なことでもあったのでは!?」
「んー…ある意味大変かも。悪いけど抜けるよ」
 何も知らないルードヴィッヒは伝達鳥の様子に自分のことのように慌ててみせる。声のでかさはどうにかならないものか。
 ルードヴィッヒが言ったように伝達鳥は今すぐの“対話”を求めていた。
 手紙を届けに来たわけでなく、伝言を覚えたわけでもなく。
 レイトルの元に訪れた伝達鳥は、大きく三種類に分けられる伝達鳥の中で最も希少価値の高い鳥だった。
 遠くにいる相手と対話の出来る鳥だからだ。
 訓練の場をセクトルとフレイムローズに任せて、レイトルは伝達鳥と共に木々の合間を縫って奥に進む。
 伝達鳥が、その向こうにいるだろう両親が至急レイトルと話したい内容などひとつしかない。
 昼間にミシェルが教えてくれたのだ。
 ミシェルの父が、ガードナーロッド家が動いたと。
 恐らく次女ガブリエルに唆されての事だろう。ガードナーロッド家は末の娘のジュエルの相手にとレイトルを指定した。
 貴族間ではよくある事だ。階級の高い貴族が低い貴族に婚約を申し込む場合、断られないように親から取り込む。
 ジュエルがレイトルに思いを抱いていることは間違いがないが、ジュエル自身が動いたわけではないとはミシェルの言葉だった。
 告白までの勇気が持てないか、憧れに留めて諦めたか。
 兎に角、これから話し合われる内容に当人であるはずのレイトルとジュエルは完全に疎外されていることは確かだ。
 それでも両親は。
 いや、あの人は。
 対話の相手があの人ではありませんようにと念を込めながら、レイトルは誰にも声が届かないだろう場所に腰を下ろし、伝達鳥を立てた片膝に乗せた。
 ため息に似た深呼吸を行い、伝達鳥の嘴に触れて対話の合図を送る。
 そうすれば数秒経ってから伝達鳥の瞳の色が青から黄に変わり。
「…父様?」
 恐る恐る語りかけた言葉への返事は、
『私です』
 女性の声をしていた。
 可愛らしい小鳥から漏れる、落ち着いた女性の声。
 その瞬間に、諦めにも似た倦怠感に全身を苛まれた。
 あの人ではありませんようにと、母でありませんようにと念じた思いは見事に打ち消されてしまった。
「…母様ですか」
『久しぶりだというのに、愛想の無い…』
「今から話す会話の内容を考えれば、相手が父様でも兄様でも愛想無くなりますよ」
 誰であろうが。だが一番嫌な相手があなただとは口にしない。
 母は、この人はいつだって。
『…考え直す気は?』
 声色は責める風ではなく諭す色を持っているが、レイトルには通用しない。たとえ母でなくてもだ。
「ありません。数日前に手紙を送った通りです。私はアリアを愛しています」
 ミシェルからあらかじめガブリエルが動くだろうことは言われていたので、レイトルは自分にできる限りの形で両親に先手を打っていた。
 アリア以外は愛せないと。
 しかしその先手には大きすぎる穴が開いていて。
『…でも、お互いに恋仲という訳ではないのでしょう?』
「…はい」
 沈む返事に『ね、』と母の声が弾んだ気がした。
『それに、いくら治癒魔術師といっても、やはり平民出のお嬢さんは…』
「今は階級に左右されない出会いも増えていますよ」
『それは、他はそんな家もあるでしょうが…それに、ご両親もいないのでしょう?貧しい村で親もなく育った子が可哀想なのはわかりますけど』
「…なんと言われようが、私の気持ちは変わりません」
 苛立ちを噛み殺すのに必死だった。
 
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