エル・フェアリア2

□第47話
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「−−これは…」
「糸みたいにすんなりは切れないだろ」
 緋色の石が輝く指輪だった。
 ニコルの魔力を台座にして輝く、エルザの緋。
「…私に?」
「ここまでしてエルザへの贈り物じゃないなんて馬鹿な話、無いだろ…」
 妙に恥ずかしくなってしまい、口調がぶっきらぼうになってしまう。
 照れ隠しの声を自分で自覚しながら、それでもエルザの小指に指輪をはめてやって。
「…俺が死なない限り、壊れないから」
 小指にぴたりとはまる指輪。
 途端にエルザが強く抱きついてきて。
「すごく嬉しいです…ありがとうございます…大切にします…」
 感極まるように鼻声になるエルザが可愛くて、ニコルは微笑みを浮かべながら頭を撫でてやった。
 しばらく抱きつかれたままかと思ったが、何かを思い出したかのようにエルザは突然ニコルの腕の中で身をよじり、指輪を眺めながら何度もなぞり始める。
「贈り物を頂けるなんて…思ってもいませんでした」
 夢の世界に浸るような声。
 なんて可愛い声で喜んでくれるというのか。
「俺も、誰かに贈り物なんて初めてだな」
 エルザの肩に手を回しながらニコルも今までを思い出し、贈り物どころか金を使うこと自体がいつぶりかと過去を洗う。
「…アリアにも?」
 するとエルザは少し不安そうに見上げてきて、その表情の示すところはニコルにはわからなかった。
「そうだな。給金は毎回送ってたが、アリア個人には…前から村への給金も止めたから」
 わからないまま、今まで手に入れてきた給金の行き先を教えてやる。
 それも最近終わってしまったが。
「どうして?」
「…訳あって伝達鳥で村長と相談する事があったんだが、その時に言われたんだ。もう充分だから送ってこなくていいって…これからは自分達の為に使えってな」
 今まではアリアの為に給金を村長に渡し、村長から馴染みの貴族に、そこから地方全体に割り振ってもらっていた。
 わずかでもアリアの生活がよくなるようにと。
 だがアリアは村で酷い目に合い、治癒魔術の発覚から王城に召喚され。
 ニコルが村に給金を渡す理由は無くなってしまった。
「そうでしたの」
「少しでも続けたいと言ったら「叩き返す」って言われて、送ったら本当に返された」
 最後に送った給金の行き先に、エルザがクスクスと笑う。
 村に未練はない。どうでもいい。だが村長と奥さんは、アリアを守ってくれたから。
 それだけを絆に少しでも続けようかと考えたが、結局それも終わってしまった。
 アリアも同じだ。
 多すぎる給金に途方に暮れるアリアも、そのうち自分の為に使うようになるのだろうか。
 城下で再会したテューラのように。
「今まで本当に、自分の為に使った事が無かったから…最初に使ったのがエルザへの贈り物で、なんか照れるな」
 地方兵時代も、貢がれることはあっても女の為に大切な金を使うなどあり得なかった。
 それが、売られていた石を目にした途端にエルザを思い出して自然と購入したのだから。
 あの時のニコルは、確かにエルザだけを思っていた。
「…喜んでもらえたんなら嬉しい」
 頬が熱くなった事に気付き、わざとらしくエルザから目をそらす。だがエルザの視線はニコルに注がれ続けた。
「…すごく幸せな気持ちですの…」
 潤んだ瞳で見上げてくるエルザに、観念するように視線を合わせて。
 そっと引き寄せて、軽い口付けを交わした。
 すぐに離れる唇。
 照れて赤くなるかと思ったエルザの表情はなぜかクスクスと微笑みを浮かべ始めるから、ニコルは少し不満を覚えた。
 何がおかしい?
 そう問いたい眼差しに気付いたように、エルザが微笑みながら弁解の為に口を開く。
「…先ほど夕食の席で、サリアが“婚前の二人が愛し合うなんてはしたない”と言っていたものですから」
 それは王族達の堅苦しくない会話だったのだろうが、妙な内容に思わず遠い目になりそうになった。なぜ真面目なサリア王女を巻き込んでそんな会話になっているのか。
「…それは誰の話だ?」
「あ、私達のことではありませんわよ…ヴァルツ様が毎晩お姉様の寝室に出入りしてお話されているみたいで、サリアにもせっかくお兄様と同室なのですから甘えるように言っていたのです」
 まさか自分とエルザの仲が暴露されたのかと思ったが、ふたを開けた内容に失笑が漏れた。
 ヴァルツの年頃ならやりたい盛りだが、ミモザが相手なら手を出せないはずだ。
 
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