エル・フェアリア2
□第47話
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コウェルズのようにロスト・ロードを伯父などと呼ばないのはエルザの優しさだろう。
コウェルズはニコルが王族であることを認識させるようにわざとらしく伯父上などと呼ぶが、エルザはニコルの心情を慮ってくれるから。
「少しずつだな。昨日と今日で詳しい話も聞けたから、コウェルズ様とも話しながら真相を暴いていくさ。…って言っても44年前の事件を洗った所でファントムは生きてるし、何かが進展するとも思えないが」
「そんな。きっと手掛かりが見つかりますわ…リーンに繋がる手掛かりが」
ふとエルザの声に力が宿った。
ファントムに拐われたリーンを案じる気持ちなら、同じように妹を持つニコルになら理解出来る。
それを同じと思っていいのかどうかはわからないが。
「…ああ。そうだな。見つけるよ。リーン様を取り戻す」
「…はい」
生きてくれていたリーン姫。
ファントムを調べることで、リーンを取り戻す手がかりとなるなら。
その為に礼装も奪ったのだから。
リーンの無事を信じるエルザの強くて悲しげな眼差しを受けて、先ほど自分がされたようにエルザの濡れた髪を指先で梳いて。
ほのかな灯りしかない部屋で一瞬だがエルザの髪の色が七色に輝いた気がして、ニコルは思わず強く目を閉じた。
エルザの髪が七色に見えたのはこれで二度目だ。
一度目はニコルがファントムの正体に気付いた時。ファントムの王城襲撃後だった。
見間違いかとも思うが、エルザの魔力が何らかのエルザの意思に反応しているのだろうか。
「…なあ」
そんなことを考えて、ふと脳裏に浮かび上がったのは一人の不気味な女だった。
ニコルに呼びかけられて、エルザは小さく首をかしげる。
「エルザは昔…幽棲の間に入った事があるんだよな?」
問うべきかどうか迷った。だが知りたくて訊ねれば、エルザの身体が一気に緊張して固まってしまった。
エルザが子供の頃にコウェルズやガウェ達と幽棲の間に入り込んだことは聞いている。
その時は全員で幽棲の間まで辿り着けたらしいが、ニコルは。
「…昨日、訳あってフェント様やヴァルツ殿下と地下階段に入ったんだ」
幽棲の間へ向かう道のりに踏み込んだ二度目。
「…聞いております。フェントは女性を見たと言っていましたわ」
昨夜の件はエルザの耳にも届いているらしく、怖がるフェントをなだめたのだろう、同情するようにエルザの瞳が揺れた。
「…エルザは何か見なかったか?」
「いいえ…何かの恐ろしい気配は感じましたが、何も見えませんでした」
「そうか…」
コウェルズと同じ返答。ミモザやクレアに訊ねても同じだろう。
姿は見えないが何かがいる。
ニコルは一度目に降りた時に女の気配を感じて、フェントも。
「−−…」
フェントは他にも何か、重要なことを言っていなかっただろうか。
ニコルの何かに引っかかる重要なことを。
思い出そうと意識を脳裏に向けた所で首元に細い指先が触れて、おぞましい感触に遠慮もなくその手を振り払った。
「きゃっ…」
ニコルの首に触れたのはエルザで、強く拒絶された手を自身の胸に引き寄せて肩をすぼませる。
「−−あ…悪い…」
心臓の音が鼓膜にダイレクトに響き、ようやく口にできた謝罪の言葉はかすれていた。
「…いえ…幽棲の間にいた何かに首を絞められたと聞きました」
「ああ…細い女の手だった…」
細い女の手がニコルの首に絡み付き、ありえない力で。
あの女が何なのか、まるでわからない。
振り払ってしまったエルザの手を取り、引き寄せて自分の唇に触れさせる。
あの女の指先とは違う、温かな手。
だが同じ女という接点のせいか、エルザの指にあの女の指を重ねてしまいそうになる。
「…あそこには誰かがいる…」
誰か。だが幽棲の間まで辿り着けたエルザ達でも姿は確認できず、話を聞かせてくれたハイドランジア家のビデンスはさらに困惑しそうになる過去を語った。
ロスト・ロードが生きていた時代、魔術兵団が幽棲の間に入ったというのに、その姿を確認できなかったという。
「ファントムに奪われた七つの宝具は、封印を解く鍵の可能性があると聞きました。その封印は…幽棲の間にあるとも」
「…あの女と関係があるのか?」
フェントに任されている宝具とファントムとの繋がり。
古代の文献をしらみ潰しにしていくフェントは、ファントムの狙いの一端に手を駆けた。