エル・フェアリア2
□第47話
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手紙に筆を走らせて、ニコルも無事である事と、巻き込んでしまった謝罪をしたためて。
手紙を書き終えると同時に伝達鳥はニコルの元に訪れて、大人しく手紙が筒に入れられるのを眺めていた。
完了すればたちまち飛び上がり、逃げるように窓から飛び立ち。
そこまで怯えさせてしまったのかと心の中で謝罪をして、夜空に溶け込む薄緑の姿を見送った。
時刻はすでに星が美しく瞬く時間だ。
三日前の約束を覚えていたニコルは、完全に伝達鳥の姿が見えなくなったことを確認してから自室を後にする。
兵舎内周棟を抜けて、夜風に濡れた髪を冷やしながら見上げるのは王城上階のエルザの部屋がある露台だ。
三日前の夜に、都合の良い護衛番を照らし合わせて三日後にまた来ると約束をしたのだ。
それがどういう意味なのか、女になったエルザなら理解できる形で。
辺りに人の気配がしないことを確認してから魔具の鷹を生み出す。
生きているような姿を見せるが、生体魔具は結局は魔力の塊でしかない。
それでも今日はテューラとマリオンを逃がすのに役立ったから労うようにポンポンと首の辺りに触れるが、わかりきった事だが反応などありはしなかった。
背中に乗り、風の音を響かせながら浮かび上がる。
ニコルがこの鷹を完成させたのは、何年前だったろうか。
生体魔具に関してはガウェとかなり勉強した記憶がある。
鳥の身体の作りを学び、風の抵抗と魔力の限界を学び。
そうして手に入れた鷹は、手慣れた長剣の魔具に次いでニコルが気に入るものとなった。
露台に到着して鷹を消し、まだエルザが戻っていないことを窓から確認する。
広い露台から見える王城敷地内は闇に包まれて少し恐ろしい。
反対側なら城下町を見渡すことが出来ただろうが、エルザの部屋の露台から見える敷地の向こうは残念ながら森が広がるばかりだ。
ニコルが初めてエルザと出会った泉のある森。
エルザがニコルに恋をして、ニコルがエルザの中に妹を宿らせた場所。
まがいものだった恋。
歪なまま、その恋は無理矢理繋がった。
ニコルは森を目に映さないようにわざと満天の星空を見上げ、自分に課せられた役目と時間を忘れて呆けて。
扉の開けられる小さな音が響いた時には、ニコルは完全に自分がエルザに会いに来ていたことを忘れていた。
室内に目を向ければ、部屋に戻ったエルザが扉を閉める姿が見えた。
数本の蝋燭と、エルザの魔力に優しく反応する明かりと。
温かな光に満たされた室内の主役であるエルザは露台にニコルを見つけると、この上無い喜びを感じたように満面の笑みを浮かべて駆けてきた。
露台に通じる扉を開けて、パタパタと軽い足音を響かせて。
「ニコル!」
駆け寄るエルザは、そのままニコルの腕の中に飛び込んだ。
淡い緋色の髪は普段に増して艶やかで、ニコルと同じように入浴を済ませた様子が窺える。
ニコルが浴びたのは怒りを沈める為の冷水だったが。
「本当に来てくださいましたのね…夢みたい」
「約束したからな」
頬を染めながら見上げてくるエルザの乾ききっていない髪にそっと触れて、花の露のような香りを嗅ぐ。
王城内の風呂場は精製された花の香りの湯が溢れている。アリアの身体にも染みていた香りを堪能すれば、エルザはくすぐったそうにクスクスと笑った。
「いつからこちらに?」
エルザもニコルの濡れた髪を指で梳いて、イタズラのつもりなのか髪留めの紐をほどかれた。
「来たばかりだ」
水分を含んだ髪が風にさらされながらも重く肩にかかる。エルザはそれすらも愛しそうに指先で触れながら、そっとニコルの頬に温かい手のひらを添えて。
そして。
「…嘘つき」
冷えた頬が、ニコルが長く露台にいた真実をエルザに伝えてしまう。
苦笑いを浮かべれば、エルザはニコルの身体を暖めようとするかのように再度身をすり寄せてきた。
「中に入りましょう。少し寒いです」
そして身体を離して、ニコルの腕に両手を絡めて。
嬉しそうに、恥ずかしそうに。
引かれるままに室内に入り、扉はニコルが閉めた。
その後は当然のようにエルザのベッドに二人で腰を下ろしたが、不自然に子供一人分ほどの間隔は保たれた。
間を開けたのはニコルだ。
「…ファントムの事は何かわかりまして?」
エルザは間に気付いていないようにニコルに身体を傾がせながら、昼間の件を訊ねてくる。