エル・フェアリア2
□第45話
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「それではジュエル嬢、ガブリエル嬢、我々はこれで」
レイトルの言葉にジュエルは小さく頭を下げ、ガブリエルは嫌な笑みを浮かべたまま佇み。
ガブリエルとイニス達付き人の隣を通り過ぎた時だった。
まるで時間が止まってしまったかのようにアリアが固まり、数秒してから恐ろしいものに目を向けるかのようにゆっくりと付き人に顔を向ける。イニスにではない。もう一人の知らぬ娘へ。
同時にその付き人も悲しむような表情をアリアに向けて、二人の目が合った。
その付き人の年の頃はアリアと同じくらいか、少し上か。
わざとらしく振り返るガブリエルが、固まるアリアに今気付いたかのように付き人の両肩に手を置いた。
親しみというよりは勝ち誇るかのような笑みを浮かべて、ガブリエルは娘を軽く引き寄せる。
「ああ、紹介がまだでしたわね。こちらは下位貴族のシーナ。結婚したばかりなのですが、これから私の付き人としてこちらで働くことになりましたの」
ガブリエルの紹介の後にシーナは黙ったままお辞儀をする。
扉の前ではジュエルが訳もわからず首を傾げるが、アリアの表情がスッと消えて、一瞬俯きかけたがすぐに持ち直した。
シーナ。
シーナ・スルーシア。
セクトルの兄が掴んでくれた情報の中にあった、アリアの元婚約者の本来の恋人。
なぜ彼女がここにいるというのか。
レイトルは気遣うようにアリアに目を向けるが、レイトルが思うよりアリアは強かった。
以前レイトルに涙を見せてくれたアリアはここにはいない。
「とっても素敵な方ですのよ。侍女ではありませんが皆さんも是非仲良くしてあげて。旦那様は平民の方だから王城には入ることは出来ませんが、王都にいらっしゃいますの。ね?シーナ」
「は、はい…」
わざとらしい親しげな猫なで声に、シーナはびくりと肩を震わせる。
ここまでするか。
七年前、ニコルに相手にされなかった恨みを、ここまで。
アリアが未だに元婚約者を思っていることに気付いているかどうかはわからないが、ガブリエルの行為は確実にアリアの心を潰すものだ。
アリアの心の支えになりたいと願ったのはレイトルで、きっと今のアリアは苦しいはずで。
「…ア」
アリアを庇おうと伸ばした手は、無意識に引いてしまった。
アリアが微笑んでいたからだ。
アリアは決して弱くない。
むしろ強い娘なのだと改めて理解するように。
「そうですか。初めまして。治癒魔術師のアリアと申します。治療に関してお困りの事がありましたら、医師団の方へ申請なさって下さい。選別は行いますが、治療いたしますので」
事務的な声と笑顔は固い。
喉に張り付きそうになる言葉を無理矢理出しているかのような、微かにかすれ震えた声。
それでも、アリアは微笑み続けた。
「…ありがとう、ございます」
「では失礼します」
シーナはアリアの笑顔に戸惑いを隠せないように視線を泳がせ、先頭を切るようにアリアは歩みを再開させた。
ちらりと後ろに目をやれば、ガブリエルの苛立つような眼差しがアリアに向けられており、それ以上レイトルも顔を向けることをやめてアリアの後に続く。
無言のまま歩くアリアの今の表情は後ろにいるレイトルにはわからない。
「新しい子も大変だな…ガブリエル嬢に捕まるなんて。下位貴族なら拒否権も無いだろうし」
「…そうですね」
アクセルのぼやきにアリアは身の入らない返答をして。
レイトルがシーナを知っていることをアリアは知らない。
ここで抱き締めることが許されるならよかったのに、レイトルはまだ簡単にアリアを抱き締められる立場にはいないのだ。
だから。
少し歩みを早めて、アリアの隣に立って。
自分よりわずかに低い位置にあるアリアの頭を優しく弾ませるようにポンポンと撫でれば、アリアが驚きながら見上げてきた。
「…何ですか?」
「ん?何となく」
理由など言えないが、慰めたかった。
きっとアリアは強がるだろうから、強がらせないように行為に意味など無いのだと笑って。
「…変なレイトルさん」
つられて笑ってくれたアリアの笑顔は、先ほどと違い柔らかく、少しだけ嬉しそうな色を灯していた。
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