エル・フェアリア

□第27話
9ページ/12ページ


 なぜ父がリーンを。
 それはコウェルズだけでなく、姫達の心にも芽生えた疑問だったろう。
 信じたくないと思うのが普通だ。
 だが全て事実だ。
「お喋りはそこまでにしてもらおう。…捕らえよ」
 ナイナーダの命令に、魔術兵団が動く。だがパージャの動きの方が早かった。
 魔術兵団達の表情が驚愕に歪むよりも早く、パージャの魔力の花が咲き乱れる。闇色の花びら達は細やかなガラスの破片のように、流れる星のように、凄まじいスピードで兵団達を四方八方から押し潰した。
「−−…」
 ナイナーダを残して、魔術兵団であったはずの人間達がいとも簡単に肉塊と化して床に落ちる。
 今度は再生などしない。彼らはパージャではないのだから。
 一気に血肉の匂いが充満して、あまりの光景に姫達が腰を抜かした。
 言葉など出るはずもない。一方的な虐殺。
「…もう、あの頃の俺じゃないんだよね。あんた達に皮を剥がれるだけの餓鬼じゃ」
「貴様…」
 しかし虐殺の犯人であるパージャの声は、どこまでも悲しくて。
「…ねえ、こう考えてみなよ、ガウェさん」
 その血溜まりの中に立ち肉片を踏みにじりながらながら、パージャはガウェに向き直った。
「リーン姫がさぁ」
 聞き手を髪にそえて、パージャは高く結わえた髪紐をほどく。
 ニコルよりもわずかに長い、薄茶色の、どこでも見かける髪の色。
「…俺と同じ存在だったら」
 その髪の色が、闇に染まる。
「色が…」
「…お姉さまと同じ?」
「−−」
 リーンとよく似た闇色の。
 だがパージャの闇色は、リーンのように緑を交ぜた色ではなく、緋色に近い。それはかつて、初めてフレイムローズがパージャと出会ったときに告げた色だった。
 闇色の緋の髪と瞳。それが目の前に現れる。
 エル・フェアリアでは見慣れない色だった。だが、なんてパージャには似合うのだろうか。それこそがパージャの本来の姿であると示すように。
「たとえバラバラにされても…死ねないんだよ?」
 優しく諭すような口調で、ガウェを説得するように。
 何をされても何をしても、パージャは死なない。なら、パージャと同じ存在であるリーンも…死なない。
「−−だが切り離されたまま体を隠されれば、どうかな?」
 そのパージャの真後ろから、ナイナーダは風に揺らされる闇色の髪を掴んでパージャの首を切り離した。
「−−馬鹿かよ」
 しかしすぐに、ナイナーダのさらに後ろに人影が現れてその心臓をひと突きにする。
 血を吐くナイナーダが倒れ込み、離された生首がパージャに舞い戻って。
「仲間が助けに来るに決まってんだろ」
 もはや動かないナイナーダに向かって、新たに現れた若者は小馬鹿にするように告げた。
 パージャと同じく闇色の、青を交ぜた髪と瞳の若者だった。頭の半分を守るようにバンダナを巻いてはいるが、その闇色は隠されてはいない。
「…ウインド」
「早いが仕方ねぇ。始めるぞ」
 訪れた若者の名前を、パージャは何の感情も見せずに呼ぶ。
「…そいつは俺が殺したかったのに」
「言ってる場合かよ」
 そいつは俺が。
 パージャとナイナーダの間には何かあったのだろう。パージャが自分の手で殺したいと思うほどの。しかし時間は流れていく。
 ウインドと呼ばれた若者は、パージャに合図を送ると先に天空塔を飛び降りてしまった。本当にパージャを助けに来たのか。ならどこに行くと言うのだ。
「…フレイムローズ」
 そしてパージャもフレイムローズに命じる。
 フレイムローズは従順だった。静かに頷いて、パージャの命令を聞く。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ